新しいGMP教育訓練像を求めて【第7回】

2017/11/24 品質システム

"はじめに
 GMP三原則は、日本がGMPを導入するとき、厚生省(当時)の課長補佐であった佐藤氏がGMPの概念をわかりやすく分類したものといわれている(注1)。その一番目には、「人による間違いを最小限にする」があげられている。医薬品業界における人の過誤によるトラブルの発生比率に関しての統計データは明らかにされていないが、他分野の事例から推測して、かなりの比率であると考える。
 しかし、医薬品工場における人の過誤、いわゆるヒューマンエラーの防止について、GMP教育としては勿論のこと、工場内研修の形でも、殆ど教育らしきものがされていない。多くの場合、一部の社員を派遣して、社外研修を受けさせているのが実態である。これから推測されることは、人の過誤の問題の重要性は認識されているものの、工場内にそのような専門知識を持つ者がいない、あるいは教育してもその効果が見えないために、GMP教育訓練のテーマとしては避けて、現状維持をしていると思われる。
 GMP三原則の第一にあげられているように、ヒューマンエラーの防止はGMP運営における基本的問題であり、GMPに関わる全ての階層の人々が繰り返し学び、それを推し進めるべき課題と言える。GMPとヒューマンエラーに関して筆者等が把握しているのは、2015年にPDA Letterに掲載された“Reduce Human Error in a GMP Facility”(GMP施設におけるヒューマンエラーの削減)という論説(注2)である。この論説は、要点を簡潔にまとめており、是非、ご一読をお勧めするものである。
 さて、近い将来の医薬品製造現場は、更にIT化が進み、広範囲の作業を一人で担当することが予想される。そのような状態となった場合、一人のミスが、気が付かない間に、広く深く拡大して重大な結果を招くことも予想される。それが引き起こす結果は、当該企業のみならず社会にも大きな被害を与えるであろう。医薬品の製造においても、ヒューマンエラーに関わる対応は避けて通れない課題と考えられる。
 しかし、この第7回の「ヒューマンエラーの防止とGMP教育」の記事の結論を先に言えば、「ヒューマンエラーのGMP教育は有効でない」ということになる。その結論に至る過程を読者に考えて頂くことが、この第7回の記事の目的である。


1. 不確実な存在としての人(ヒト)
 人の過誤を「ヒューマンエラー」と呼ぶことが多いが、本来は「ヒューマンファクターズ」と呼ぶ必要がある。「ヒューマンエラー」の用語を用いると、そのトラブルの発生原因が、直接的な引き金となった当事者個人の責任として片づけられ、システム上の欠陥として認識されない恐れがあるのが理由である。この点を承知したうえで、一般的なイメージとして捉えやすい「ヒューマンエラー」の用語を使用する。
 さて、言うまでもなく、人は誤りを起こす存在である。GMPシステムは、この「人は誤りを起こす存在である」という視点にたって、設計され、運営するべきである。ヒトという存在が作業を行うことの問題点を、象徴的に示すものが、表1図1である。
 表1は人の意識モード(生理的な状態)が、エラーの発生と大きく関係することを示している。ここで注意すべき点は、正常な状態や、明晰な状態を維持できる時間は、各人の性格、身体的状態、そして職場や家庭からストレスの大きさなどによって大きく変わることである。ヒトに長時間の緊張状態の維持を求めることは無理があると言える。

表1 人間の意識モードとエラー発生率
 出典:橋本邦衛、「安全人間工学」、中央労働災害防止協会(注3)​

 ヒトの意識モードは、企業の立場では扱い難い事項である。しかし、表1の様な状況が存在することを、各人に知ってもらうことは、作業者の自覚を促すうえで重要である。また、チームでの作業の場合、まず、チームリーダーがこのようなことを理解することが、ヒューマンエラーに関わる教育では大切なことである。


図1-1 エビングハウスの忘却曲線(注4


 それでは、“教育はしたが、記憶していなかった”ために起きたヒューマンエラーはどの様に考えるべきであろうか。図1-1は、「エビングハウスの忘却曲線」と言われるものである。ヘルマン・エビングハウスはドイツの心理学者であり、20世紀の初めの頃に、記憶忘却を研究した人である。この図1-1は、人の記憶というものは、信頼性が如何に低いかを示している。この図は、GMP教育や、記録の重要性を説明するのに良く引用される。
 次に図1-2は、復習をした場合の記憶の保持を示したものであり、復習を行うことの重要性を示している。


図1-2 エビングハウスの忘却曲線:復習をした場合の変化注4
 

 GMP教育の全般に少し話がそれるが、上記の記憶の忘却の状況を考えると、例えば集合形式の“知識”についての教育では、教育当日で終わりとはせずに、定期的なレポート提出などの形式が望ましいことが明白である。実施したGMP教育をフォローすることが望ましいことは、誰でもわかっていることである。
 しかし、GMP教育で、受講者に一定期間後に、複数回にわたってフォローの課題を提示し、それを実施している事例は、極めて少ないと思われる。それを実施することは、教育訓練者(trainer)に大きな負荷がかかるためである。一方で、人材育成のプログラムでは前記のようなフォローの教育や課題提出を求める事例がかなり多い点は、両者の教育目的の違いや、割り当てられているリソース(資源)の違いであろうか。"

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執筆者について

葛城 知子・小暮 慶明

経歴 筆者らは教育訓練とは何かについて、長年にわたり研鑽を積んできた。今回、その内容の一部を、テーマごとに簡潔にまとめてみた。 ※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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