【第1回】医薬品GMPの散歩道 ~いま考えたい品質第一への道しるべ~

製造販売承認書と製造実態との齟齬について


1.はじめに 

 皆さん、こんにちは。
 今回より、GMPと品質保証について、常日頃考えていることをお話ししてゆきたい。教科書的な内容ではなく、製造の現場で遭遇する課題に関して、品質第一を合言葉に、私見を述べさせていただこうと思っている。筆者は製造所と製造販売業者(製販)のQA(品質保証部門)で長く勤務してきたが、仕事が一段落した後など、QA職員同士で取り留めのない雑談ではあるのだが、品質保証の観点からずいぶん重要な議論に及ぶことがあり、そういう雰囲気で語れるように努めたい。皆様方のご参考になればありがたく、またご意見もいただきたく思う。
 「品質第一を合言葉に」に関して。昨年、新聞紙上に<後発品の供給不安解消のために薬価制度と業界の改革を>という記事があり(毎日新聞、2023年3月22日付)、その中で製薬企業の不祥事に関連して「品質維持に必要な利益を確保できず」という見出しがあって、非常に違和感があった。ここは、「利益確保のために品質を維持すべき」でなければならないはずである。これこそが品質第一を合言葉にしたい所以である。昨今の製薬企業の不祥事に関して、行政より製造停止命令を受けた企業の中には、経営が立ち行かなくなった企業も数社ある。品質を疎かにすることの企業経営への衝撃は誰の目にも明らかであろう。
 なお、筆者は4、5年前にも当GMP Platform上で初心者向けに「医薬品GMP理解の第一歩」を連載させていただいていたのであるが、心機一転、GMPと品質保証の案件に取り組みたい。

2.製造販売承認書と製造実態との齟齬

 まず、製造販売承認書と製造実態との齟齬を取り上げる。ある製造所の深刻な不正行為を直接の契機として、実態齟齬の一斉点検に関する通知が発出されたのが、2016年1月19日のことであるから、早いものでもう8年が経過した。それでは、実態齟齬の問題は解消したのであろうか。いやいや、実態齟齬による自主回収は繰り返し業界ニュースで報道されているし、行政指導に至るケースまである。2021年に公布された改正GMP省令では、「承認事項の遵守」が規定されており(第3条の2)、現状に対する当局の強い懸念の表明とみなしてよいであろう。
 2020年の末に発生した。水虫薬に承認書に記載のない睡眠薬が混入した事件では、死亡例との関連までが報道され、社会的な事件となったが、この時にSNS上で見たコメントが筆者には非常にインパクトがあった。次のようである。
 “製薬の規定なんて詳しく知らないんだけど
>薬は厚労省の承認を得ていない工程で製造されており
この一文だけで相当やばい事が分かる。
服用するのが前提の薬が未承認の工程で製造されてたら、なんでもありのやりたい放題になってしまう。恐ろしい。”

一般の方の素直な意見だと思うが、実態齟齬という言葉を聞きなれた業界から見れば、改めて社会が見る目の厳しさと医薬品業界への不信感に身がつまされる思いがする。

3.実態齟齬の確認に関する課題

 そこで、実態齟齬の確認について考えたい。
 実態齟齬は次の2段階で確認を行うことになる。
①承認書に対する製品標準書や製造指図書、SOP(標準操作手順書)などのGMP文書との齟齬の確認。
②GMP文書の記載内容通りに現場(製造と試験検査の実際)で作業が実施されていること(作業実態)の確認。

1)GMP文書上の齟齬の確認
 まず、①である。これは、承認書とGMP文書を突き合わせることで確認可能であり、いわば、机上でできる確認である。とはいえ、筆者の監査経験からすれば、ことはそれほど容易ではない。次に事例を挙げる。
(科学的根拠の不備)
 承認書における調製液の仕込み量は「容量(L)」であるが、製品標準書では「重量(Kg)」仕込みとなっていた。比重換算とのことであったが、根拠を示すデータ(研究報告書)が見当たらない。
 ▲監査の指摘としては、Criticalとしてもよい事例である。直ちに比重測定を実施してもらい、比重換算に問題がないことが判明したので、出荷止め等の措置には至らなかったが。
(承認書の不備)
承認書で「100Lの流動層乾燥機」を使用としているが、どの部分が100Lなのか、また、どのようにして100Lを計測したのか説明できない。
 ▲流動層乾燥機メーカーのカタログ名を安易にそのまま承認書に記載してしまった例である。
(製品標準書の不備)
 承認書では製剤を「紙箱に入れ、包装する」となっているが、製品標準書や製造指図書、資材仕様書等の文書を見てもメーカーの品番があるばかりで、個装ケースが「紙箱」であることを確認できない。
 ▲文書類の定期見直し時に改訂を検討していただくこととなった。
 上記のいずれの場合でも、当該のそれぞれの製造所では実態齟齬の確認を実施されており、その記録も拝見した上での事例である。人が異なれば、チェックするポイントや対応も異なり、そこが実態齟齬の確認の難しさである。実態齟齬の確認は果てしがない、エンドレスだ、と言われるところである。
 前掲の事例の後ろ2例(承認書と製品標準書の不備)については、どうでもいいことだと思われるかもしれない。しかし、実態齟齬の確認ではこういう場合でも疎かにしない姿勢が必要であり、ハインリッヒの法則(1件の重大事故の裏には29件の軽微な事故と300件の怪我に至らない事故がある)ではないが、それが不正行為につながるような重篤な実態齟齬をあぶりだす契機になると考えられる。
 ちなみに、日本ジェネリック製薬協会は、実態齟齬に関連する不備事項の取り扱いの考え方をDecision treeの形でホームページ上に公開している。あくまで考え方のアウトラインなので、個別の事案に関する判断は製造所ごとの品質ポリシーによるしかないが、参考になろう。ただし、ここでの対象は上記の実態齟齬①の場合に限定され、②について配慮されていない点が残念である。
 なお製販の立場で言えば、監査で実態齟齬の確認をしようとすると、監査対象の品目に限定してもそれなりの時間を要する。筆者など、そのために一般的なGMP事項の確認が時間的に手薄になってしまうのではないかと危惧したこともあるくらいである。ちなみに、ある製薬企業(製販)で、製造所監査はこれまで通常2日間のところ、実態齟齬の確認のためもう1日増やして3日とするようにした、と伺ったことがある。もっとも、自社の製造所ならともかく、製造委託先の監査では委託先のスケジュールやリソースの点で3日間の監査はなかなか難しいように思われるのであるが。

 

 

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