医薬品製造事業関連の知財戦略【第12回】

2013/07/19 その他

稲場 均

※本稿は2012年10月執筆です。
 米国特許法改正についての詳細な内容は、USPTOのWebサイトに随時アップデートされていますので、そちらでご確認下さい。
 
27.特許制度の国際調和
 昨年(2011年)、世界的な注目を集めていた特許制度上の懸案に決着がつけられました。米国の特許改革法が米国議会を通過したことによって世界の特許制度の調和の1つが実現することになったことです。
 
 特許の取得は早い者勝ち、新しい発明について最初に出願した者に対して特許が付与されるとお話ししました(第6回を参照)。このシステムの在り方を先願主義と呼び、米国を除く全世界の国々で採用されている特許制度の基本です。米国だけは、先発明主義と呼ばれる考え方に基づく制度を採用しており、新しい発明を最初に行った者に対して特許が付与されます。たとえ出願の順番が遅くても(最先の出願でなくても)、発明した日が早かったことを証明できれば、特許は先に発明した人に付与されることになります。従って、米国へ特許出願した場合、後から同じ内容の発明が出願されますと、どちらが先に発明したかを調査、証明するための作業(裁判による手続きで、「インターフィアランス」と呼びます)を行う必要があります。インターフィアランスは、時間、労力(研究の過程で、発明の内容と日時を証明するための記録を用意しておくことになります)、経費(弁護士による法的手続きを要します)などのかかる、特許の出願人にとって大変な負担を強いられるばかりでなく、米国以外の他の国で取得できた特許が米国では別人の特許となる(特許権の不整合が生じる)こともあり、これまで、特許戦略上の大きな支障になってきました。
 
 米国に制度の調和を求める要望は、これまでにもしばしば出されてきましたが、実現していませんでした。昨年、先願主義への移行を含む特許改革法案が議会を通過し、大統領の署名も終わったことから、2013年3月16日から発効する予定になっています(2012年10月現在)。これによって、世界を対象とした特許戦略の構築における懸案事項の1つが解消されるものと期待されています。
 特許審査における調和も進みつつあります。一時、特許明細書の言語の翻訳、審査基準などを統一し、出願から審査まで一本化しようとする試みもありましたが、解決しなければならない課題が多く、実現していません。しかし、複数の国に出された同一の特許出願について、最初の出願国(の特許庁)における審査結果を尊重し、その他の出願国においては簡略な審査によって特許として認める合意が特許庁間でなされています。特許審査ハイウェイと呼ばれる制度で、5大特許庁(「5極」とも称し、日米欧中韓の特許庁を指します)をはじめ、現在、20カ国を超える国・地域の特許庁間で運用あるいは試験運用が行われています(詳しくは、特許庁サイトに掲載されていますので、参照して下さい)。 
 
 先進国の特許制度で調和が望まれているものの、2012年10月現在では未だ調和に至っていない制度に特許出願の猶予期間があります。日本では「新規性喪失の例外」、米国では「グレースピリオド」と呼ばれる制度です。発明は研究成果による裏付けを基にして行われますから、しばしば、学会など、対外的な発表と並行して行われます。発表が先行しますと、その後に特許出願しても新しい発明とは見なされず、特許要件の1つである新規性が無いとして特許を受けることができなくなります(表10を参照)。研究者にとっては研究のプライオリティーも重視する必要がありますから、発表が特許出願に先行せざるを得ない場合もあります。そこで、発表後であっても、一定期間内に所定の手続きをとることによって新規性喪失の例外として扱う(あるいは、一定期間、特許出願を猶予する)規定を設け、特許を受けることを可能にしています。日本では、発表後6ヶ月以内に手続きをとれば、新規性喪失の例外として特許を受けることが可能になります。米国では、発表後1年以内であれば、猶予期間(グレースピリオド)として、自分の発明について特許出願しても新規性判断の対象とは見なされません。欧州(欧州特許条約EPCに基づく欧州特許庁EPOへの特許出願、第10回を参照)にも6ヶ月間のグレースピリオドがありますが、発表は国際展示(博覧会)のみが対象であり(学会発表等には適用されません)、極めて限定的な制度です。最近では、大学、その他の研究機関などとの共同研究や技術移転か行われる機会が多くなっているだけに、各国における取扱いが異なる特許出願と研究発表との関係には注意が必要です。
 
 また、米国では、特許の対象となる技術に制度上の特段の制約はなく(表10中、「産業上の利用可能性」を参照)、医療技術も特許の対象として扱われますが(それによって医療行為が拘束されるわけではありません)、日欧では、医療技術そのものについて特許を受けることはできません。このため、1つの発明について米国を含めたワールドワイドな権利化を目指す場合は、特許出願をする際に工夫が必要となります。通常、各国の特許制度に応じて特許明細書を補正することで対応がとられています。

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執筆者について

稲場 均

経歴 千葉大学 医学部付属病院 臨床研究基盤整備推進委員会シーズ評価専門部会委員
持田製薬(株)にて中央研究所副部長、知的財産部長を歴任。千葉大学での特任教授を務め、2009年4月より現職。この間、2010年より日本製薬工業協会知的財産部長。2012年から2015年まで東京医科歯科大学客員教授を兼任。また日本知的財産協会の特許委員長、バイオテクノロジー委員長、常務理事、副理事長を務める。その他、特許庁:微生物寄託検討委員会委員、環境省:生物多様性条約名古屋議定書検討委員会委員、知的財産研究所:用途発明に関する調査研究委員会委員を歴任した。
現在の研究内容は『製薬企業の知財活用、医療分野の実用化促進に資する知財戦略の推進』である。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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