医薬品製造事業関連の知財戦略【第6回】

2013/01/28 その他

稲場 均

15.医薬品産業における特徴と知財戦略の関わり方
 医薬品においては、上述のメバロチンの例でも見られたように、特許権の存続期間の満了に伴って急速に売上高が減少し、製品の市場性が失われます。製品と特許の結びつきが極めて重要であるといえます。その一方で、1製品に関わる特許は少数ですから、製品に関連する特許1件1件の重要度が高く、おのおのの特許について活用性の高い権利として確保することが知財戦略を遂行する上で必要です。様々な技術的優位点を複数の特許により束で活用するというより、製品に付随する限られた不可欠技術を独自の事業化手段として確保し、それによって開発上あるいは事業上の競争に打ち勝つことが可能な権利としておく必要があるからです。長い開発期間を経ることによって当初の事業方針が変更されることはしばしばありますし、開発候補化合物の変更を余儀なくされる場合も少なくありません。スタチン類に属する様々な化合物が同効の医薬品として開発されたことからも見られるように、類型の化合物は、往々にして類似の薬理作用を示しますが、全く同じということではなく、例えば、作用の強度、有効性と安全性のバランスなどに差異が認められることがあります。このため、開発候補物質の変更を行う必要がある場合も、技術的には類似性が高くても、初期の開発方針や事業方針を見直す必要が生じ得ます。このような場合、開発初期に出願した特許によっては事業化後の製品を保護するためには内容的に十分とはいえないことになります。取得した特許1件1件の重要度が高いにも関わらず、長期にわたる開発期間を経ることによって変遷してきた事業対象や方針によって、事業化される製品の技術と取得した特許の保護範囲(特許の技術的範囲と呼びます)との適合度にズレが生じるからです。知財戦略上、この点を補うことによって知的財産権による保護の確実性を確保しておくことが必要となります。
 
 併せて、有用な特許を製品上市後における競合品対策に活用する観点から、特許権の存続期間あるいは製品の保護期間をできる限り長期化することも重要です。第3回にお話ししましたように、医薬に係る発明にとって保護の範囲や効果が強いと考えられる物質特許は、医薬品の研究開発の最初の段階で出願されることが多いため、長い開発期間の経過によって特許期間の多くが消費されてしまいます。従って、開発期間中は特許の効果を期待できることになりますが、上市後には活用できる期間が不十分となると考えられます。製品化された医薬品の事業領域あるいは市場を維持、拡大していく上では上市後の製品競合への対策が不可欠です。知財戦略においても、製品寿命が短くなる原因として上市後に競合する同種同効品、特に、開発過程を要することなく(開発過程では競合することなく)、市場においてのみ競合するGE薬への対応が重要な課題となります。このため、GE薬への対策として特許権を活用するには上市後においても特許権の存続期間が十分残存していることが必要です。特許制度は発明を公開する代償として特許発明の独占的な実施を一定期間(20年間)保証する制度です。特許発明を実施するにあたって安全性の確保のために国の許認可を受ける必要がある場合は、その間、特許発明を実施できないことになり、独占期間である20年間が浸食されることになりますので、特許法では、安全性確保等のための許認可を受けるのに要した期間について特許期間を回復できることが定められています。具体的には、医薬品と農薬に係る特許は、製造販売の承認を受けるために要した期間について、最大5年まで特許期間を延長できることが認められています。知財戦略を構築する上では、この特許権の存続期間(「特許期間」と呼ぶ場合もあります)の延長制度の適用によって医薬品上市後における特許権の残存期間を最大化することが重要な方策となります。

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執筆者について

稲場 均

経歴 千葉大学 医学部付属病院 臨床研究基盤整備推進委員会シーズ評価専門部会委員
持田製薬(株)にて中央研究所副部長、知的財産部長を歴任。千葉大学での特任教授を務め、2009年4月より現職。この間、2010年より日本製薬工業協会知的財産部長。2012年から2015年まで東京医科歯科大学客員教授を兼任。また日本知的財産協会の特許委員長、バイオテクノロジー委員長、常務理事、副理事長を務める。その他、特許庁:微生物寄託検討委員会委員、環境省:生物多様性条約名古屋議定書検討委員会委員、知的財産研究所:用途発明に関する調査研究委員会委員を歴任した。
現在の研究内容は『製薬企業の知財活用、医療分野の実用化促進に資する知財戦略の推進』である。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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