最新コスメ科学 解体新書【第12回】
コスメと手触り②
十数年前の春、会社から大学に移ることになりました。化粧品の商品開発は楽しく、やりがいもあったのですが、会社のビジネスにとらわれずに、もっと自由に、思うがままに研究をしてみたい、という思いを抑えることができなくなり、思い切って新しい場所に行くことにしたのです。
さて、何の研究をしよう!それまで、自由に研究ができるようになったらこんなことやあんなことをしよう、なんて妄想を膨らませていたのですが、それがいよいよ実現できるようになったのです。そんななかでも手触りはぜひ取り組みたいテーマでした。つるつる、べたべた、なめらか、しっとりなどの多様で繊細な感覚の世界は不思議な謎に満ちているだけでなく、化粧品・繊維から自動車・ロボット・VRまで、色々な分野への応用が期待され、夢がふくらみました。
そこで問題になったのは、何の手触りを研究するか、でした。引き続きクリームやパウダー等の化粧品をターゲットにしていくのも悪くはなかったのですが、せっかく大学という新天地に移るのですから、これまでできなかった、なにかこう触覚の世界の本質に迫るような対象に取り組みたい・・・。そんなことを考えながら数か月を過ごしていたのです。
そんなある日、一つのアイデアがひらめきました。
「水だ!」
水はわれわれの身体の主成分であり、生きていく上でなくてはならない、最も重要な物質であることは言うまでもありません。そして、眼も見えず、耳も聞こえない少女だったヘレン・ケラーが、サリバン女史から手にかけられた時に一瞬で分かるほど特徴的な触感をしているだけでなく、化粧品の世界では「水のようなさっぱり感」は一つの理想的な特性とされているのでした。
あれから15年以上がたちましたが、自転車で子供をピアノ教室に連れて行った時にこのアイデアを思いついたこと、そして「人体の60%以上は水でできているのだとしたら、水を知覚するメカニズムを明かにすることはすなわち「自分とは何か」を明らかにしようとする哲学的な問題なのではないか」と考えて、「ヘレン・ケラー問題」なんて研究タイトルをつけて興奮していたことを鮮明に覚えています。
そんなこんなで研究が始まりました。新しく立ち上げられた研究室にはお金も設備もなく、ただ、触覚研究の第一人者でずっと共同研究をさせて頂いていた慶應義塾大学の前野隆司先生からお借りしたその場観察型触覚センシングシステムだけが部屋に設置されていたのでした。そこで、できたばかりの研究室に入ってきてくれた大学院生のA君、学部生のF君と、この装置に人工皮膚を設置し、水や油を1滴垂らしては指で触る、という実験をすることにしました。
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