医薬生産経営論・特別編【第5回・最終回】

第5章(終章)  誉める言葉と、感謝の言葉。
 
いつもより少し遅くなったが、今夜も、美魔女ママの居酒屋が開店した。
「ママ、寒風が吹く屋外で僕たちを待たせて、凍えるほど寒くさせて、それで熱燗をたっぷり飲まそうなんて、その魂胆が見え見えだね」なんて言いながら、若いサラリーマン3人組が店に入って行く。
本当に、寒そうだ。そんなに寒けりゃ他所の店に行けば良かったのにと思ったが、私も同じ穴の狢かと思い直して、続いて店に入る。カウンターの右端が私の常席である。だが、今日はママさんの涙を見たせいか、或いは、桜木の紅葉の儚さに涙したせいか、カウンターがとても疲れ切ったものに見える。
ママさんが一気にビールグラスを飲み干す。
さぁ、来るぞ、鋭い質問のミサイル攻撃が・・・。
「こないだ、オッサンが富山の機械メーカーの会長を支持すると言った時、会長の方も反省することがあると言っていたけど、それって何なの?  私からすりゃ、富山の会長に反省は必要ないと思うけど・・・」
流石に、経済、経営に関心の深いママさんだ。酔っ払った後では、この質問は辛い。
「企業というのは、立地する地域社会に大変お世話になっている。だから、企業は地域社会に対する感謝の気持ちと、地域社会の発展に貢献するということを忘れてはならない」と言いながら、お酒が残っているせいか、滑舌が悪いと自分でも分かる。故郷、山口の銘酒『東洋美人』をマス酒で頼む。角打ちの塩は要らない。健康に気を付けている。でも、お酒を飲むのだから、理屈的には矛盾している。
「企業は地域社会からどんなお世話になっているの? むしろ、地域社会の方が企業からの多くの税収入を得て財政面で恩恵を被っているわ。違うの? 企業城下町という言葉もあるじゃない! 」と、納得いかない、怒ったような顔。若い頃はきっと美人だったろうなと思うが、虎の尾を踏んではいけない。
「工場であれば、市民がその税金で作った道路を使用して原材料や製品を輸送している。病人や怪我人が出たり火事が起きたりすれば、市民が税金で作った消防や警察署から救急車や消防車やパトカーが来てくれる。従業員を採用しようとすれば、市民が税金で運営している地元の学校から教育された優秀な生徒を採用できる」と、私は答える。意外って感じで、ママさんは驚きを隠さない。
数年前、イタリアに行ったとき驚いたことがある。高速道路を車で走っていたが、高速道路ではトラックは絶対に定められた端の通行レーンしか走らない。日本のような、追い越しレーンを使ってのトラック同士の競争シーンを見ることはなく、端のレーンを貨物列車(鉄道)が走っているかのように縦列に並んでトラックは走る。日本人も吃驚仰天の、あのチャラ過ぎるイタリア男性たちの、超真面目な現実。
市民が税金で作った道路を使って営業する(利益を得る)者の、「市民に迷惑をかけてはならない」という暗黙のルールである。逆に、日本では、企業城下町という言葉をよく耳にする。その街の大企業が支払う税金のお陰で財政が極めて健全で豊かな街のことである。しかし、地域社会はあくまでも市民の開拓開発行為の賜物であり、いくら納税の貢献が企業からあろうとも、企業の方から企業城下町などと言えば、不遜の誹り以外の何物でもなくなる。だから、企業は地域社会に常に感謝し、地域社会に対し何を以って貢献できるかを、常に考え行動しなければならない。
「だから、富山の機械メーカーの場合、富山地域に対する、過去から現在に至る感謝の気持ちを、素直に述べたら良かった。もう一つの反省は、富山の文化が閉鎖的などと、富山を貶めるような発言は不要だったね。忠告も提言も、悪口や反宣伝行為と取られては、反発しか返って来ないからね」
「そうだよね。感謝の言葉には誰も反発しないからね」と、ママさんが珍しく蕎麦を茹でている。笊(ざる)で食べると言う。新技、新メニューにチャレンジなどと言われると、お腹を壊さないか心配になる。
「でもさぁ、企業の多くは、地域社会にお世話になっているという意識は余りないと思うわ」

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