新・医薬品品質保証こぼれ話【第31話】

堅牢性と機動性。
執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話」
堅牢性と機動性
近年、金融、交通、通信をはじめ、様々な領域においてコンピュータシステムが導入され、この10年余りの間に我々の日常生活も大きく変わりました。情報技術(IT:Information Technology)の進展により、公共の各種手続きの自動化や無人化が進み、日常の手続きの多くが簡単かつ迅速になるなど、多くの人が少なからずその恩恵を受けています。しかし、その一方で、コンピュータシステムに固有のトラブルに悩まされることも少なくありません。ATM(現金自動預入払出し機)が作動せず現金が引き出せない、システムがダウンし航空券や新幹線のチケット予約ができない、通信障害によりスマートフォンで電話やメールができない。このようなトラブルの多くは即日あるいは翌日には解消され、正常な状態に回復しますが、中には3~4日続くこともあります。
こういった公共の業務に適用されるシステムは、いわゆる“ライフライン”(Lifeline、日常生活に必要不可欠な設備や機能)に該当し、一旦、通信障害などのトラブルが発生すると影響は多岐にわたり、何十万、何百万の人が被害を受ける多大なものとなります。このようなトラブルは“システム障害”と称して国民に告知されますが、システム障害を引き起こした具体的な原因は個々のケースで異なると推察されます。“アクセスが短時間に集中したこと”などは、告知される原因の代表的な事例ですが、こういったケースでも、実際には“アクセスの集中”以外のシステム上の問題が確認されている可能性が否定できません。
コンピュータシステム(情報システム)に求められる代表的な概念は“堅牢性”(頑健性、Robustness)ですが、“堅牢性”或いは“堅牢性に優れる”とは、システムをハード、ソフト両面から見たときの強さ、丈夫さ、つまり、ちょっとしたことでシステムがダウンしないことを意味します。また、人間の操作ミスなどがセキュリティー面に影響しにくく、安全性、保全性に優れるといったことも、広い意味での堅牢性の要件と理解されます。“アクセスの集中”によりシステムダウンが起きやすい場合は、これも堅牢性の問題と見て、サーバーのスペックを上げるなどの改善対策が求められます。
こういった問題を含め、どんな情報システムも最初から完全なものはなく、“使用を進める中で継続的に改善を進めるもの”との考え方に立ち、大小さまざまなトラブルを経験する中で、より堅牢性に優れたシステムに作り上げていくというのが、情報システムに対する正しい認識と思われます。ただ、公共に広く使用されるシステムの場合は、特に、“長時間のシステム障害”という事態は回避する必要があるため、“トラブルが発生した場合に迅速に回復できる能力”が求められます。すなわち、“保守性”に優れていることが要件として重要となります。
情報システムに求められる要件には、この“保守性”を含め、信頼性、耐久性、一貫性、完全性など、様々なものがありますが、概念として特に重要となるのは上記の“堅牢性”、それと“機動性”(フットワーク、Mobility)ではないでしょうか。“機動性”は、システムの運用に際し、臨機応変にいろいろなことに迅速に対応できる能力、つまり、システムの活用性や応用性、また、柔軟性といったことにも通じる概念と理解されます。
この“機動性”は医薬品品質システム(PQS:Pharmaceutical Quality System)の実効性を確保する上において大変重要と考えられます。PQSの実効性は、有効な教育訓練の実践による製造工程や試験検査におけるトラブルの最少化、変更管理などGMPの重要業務の的確な運用によるコンプライアンスの確保、CAPA(是正措置予防措置)の積極的な推進による継続的改善の実現、などにより確保されます。このような重要業務を効果的に推進するためには、必要なデータや情報をニーズに合わせて迅速に引き出せるシステム、つまり、機動性に優れたPQSが重要となります。
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