理系人材のための美術館のススメ【第9回】

2023/02/10 その他

あなたが深淵をのぞく時。

第9回「あなたが深淵をのぞく時」

 美術館にあまり足を運ばない方向け、「理系業界に美術館のご利用をプッシュしてみよう」という本コラム。
 美術館散歩については、昨年を通し市場価値だの史料価値だの、美術的価値だのとだいぶいろんなパーツを並べてきました。まとめてみると、これらすべての価値観は「人様の物差し」であり、これらを並べたその心は「人様の物差しで絵を見ると面倒くさいので、自分の物差しで好きなもの見とけばいいよ」…ということになります。
 どうせ人様の物差しと言っても、その時々のフィーリングに過ぎないことはお分かりいただけたと思いますし、理系が求める「正しい公知の物差し」は存在しません。したがって「マイ物差し」は、好き嫌いでまったく構わないというわけです。
 ただ、自分の好き嫌いを知るにも時間がかかりますし、あれこれ見てからでないと好きもなにもありませんから、興味のないやつを飛ばし、うんちくは無視する「お散歩形式」を推している――というのが、本コラムの趣旨です。
 その上で今回は、実体験による、自分の好き嫌いを探るのがいかに難しく、深淵をのぞくような奥深い行為なのか…という話を。

【そもそも「全部好き」なんて人います?】
 好き嫌い、というのは理屈ではありません。ゆえに是非でもありません。
 美術館ふらふらするの好きでーすと言いながら、私自身もあらゆるジャンルの絵画のうち、「好き」なのは一部分であって、むしろ積極的にパスしたいジャンルもいっぱいあります。特に、フランスあたりの都市から郊外に出て「よし自然と対話して絵を描くぞ!」と創作を続けた画家たち(バルビゾン派)の絵に至っては、おしなべて心が凪ぐというか無反応です。ちょっと人がくっついて葉っぱ拾ったり麦刈ったりしても効果はありません。山とか川とか畑とかの絵画は、正直、皿に乗った果物よりどうしていいか分かりません。
 何故か美術好きと称する方は、あんまり好き嫌いでものを言わない気がしますが、でも考えてみると映画好きという人々だって、
「『裏窓』は20回は観たぜ」「ヒッチコックは『サイコ』じゃなくて『裏窓』だ」「グレース・ケリー最高」
 …とかいう人たちと、
「サメ映画週間にうっかり『シャークネード』3回観たら『デビルマン』見返したくなってしまって徹夜よー」「『シャークトパス』も味わい深いよねー」
 …的なZ級映画フリークは、互いに異世界の住人です。『東京物語』の良さを語っている人に「ねえねえ『貞子vs伽椰子』は観た?」とか聞く人はいません。映画好きとかいうジャンルで括っていい範囲を超えています。民謡とデスメタルも共存しませんし、ジャンプ派とガロ派も、結婚式の席次で同じテーブルにいれたらいきなり戦乱が勃発する可能性があります(※個人の見解です)
 このように「一部分しか好きではない」ということ自体は、なんの問題もない、極めて合理的な行為と言って差し支えないはずです。
 まあ、やたらに数をこなしていくと、そのうち好き嫌いだけではなくて「時代背景が」とか「人物相関による流れが」とか「各流派の影響が」とか「オマージュが」とか、そういうパーツが分かるようにはなっちゃうわけで、それはそれで面白いと思えればめっけものです。が、分かったからと言って好きでもないバルビゾン派の絵を好むようになるかといえば、それとこれとは無関係です。

 というわけで、私自身、趣味の偏りはある程度自覚がありましたし、ついでに堂々と開き直ってもいたのですが、この新年1月になってやっと自覚された偏りに至っては、正直相ッ当ひどいと思われたため、ケーススタディとしてここに記載しておきます。こんな人でも絵画を見る資格があるんだな、と思えばきっと散歩の足も軽くなります。

【おかえりプライス・コレクション】
 昨年から予約し楽しみにしていたこの観賞は、出光美術館さんのプライス・コレクション展。プライス・コレクションというのは、アメリカ人のプライスさん夫妻の江戸絵画を中心としたコレクションで、まださした価値の見出されていなかった時代に伊藤若冲を数多く収集したことで有名です。あれだ、モザイクタイルみたいに描かれたでかいゾウの屏風絵あたり(『鳥獣花木図屏風』)は、よく見ますかね。
 若冲以外にも酒井抱一や円山応挙などビッグネームも多く、その一部を出光美術館が一括購入したためお披露目。現在も二期開催中かと思います。
 こちらを筆者は、それはそれは楽しく拝見しました。ええ、花鳥画や動物画大好きです。若冲は昨年も芸大の『動植綵絵』で浮かれてましたが、胸がきゅんきゅんするというか、ずっとそばにいたいというか、これを描いた絵師の方たちに感謝の祈りを捧げたいというか、そんな感じでテンションが爆上がりします。
 で、それらメインの前半を過ぎ、至る『浮世と物語』。…なるほどここからは人間で、鳥さんやナマズさんや唐獅子さんはもういないのね…と寂寥感を胸に足を踏み入れた途端に、ダダ下がるテンション。ほぼ直滑降するテンションはさながらナイアガラ。
 …いや、さすがに個々の作品がいいのは分かるのです。脳みそで理解はできるから、「ええいパスだ!」などとスルーすることはありません。しかしなんというか、まったくときめかないんですよ。あのお片付けの魔法をかけてくれる、こんまりさんにかかったら、ひょっとして「全部捨ててしまっていいんですよ!」…と言われるのではないかと動揺するレベルでときめかない。
 この現象を簡潔にまとめると

「額縁の中に人間が出てくるとテンションが上がらない」

 このようになります。
 

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執筆者について

鮫島 葉月

経歴 一般社団法人免疫細胞療法実施研究会事務局、株式会社日本
バイオセラピー研究所 事業推進部部長
慶応義塾大学大学院医学研究科(修士)修了後、2008年株式会社セルシードに入社。再生医療に係る臨床用細胞加工物の開発および品質保証を担当し、当時の細胞培養加工施設の運用整備(GMP準拠)に携わる。2012年(株)日本バイオセラピー研究所に入社、再生医療関連法に同社を適応させ、特定細胞加工物の製造許可を取得。新規の製造施設設計と運用構築、文書策定等を行い、年間3000バッチ以上の特定細胞加工物を製造する細胞加工施設の施設管理責任者を担っている。
一般社団法人免疫細胞療法実施研究会においては、研究会事務局として、再生医療等を行おうとする医療機関向けに申請サポートデスクを運営。すでに200以上の計画策定を支援している。
また当該法人にはICTA特定認定再生医療等委員会を設置し、委員会事務局として再生医療等の審査対応を行っている。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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