理系人材のための美術館のススメ【第5回】

2022/10/21 その他

ちょっと、昔のお話を交えながら、公立ではない企業美術館のお話を。

第5回「時代の流れを垣間見る散歩」

 美術館にあまり足を運ばない方向け、「理系業界に美術館のご利用をプッシュしてみよう」という本コラム。執筆から掲載まで一ヶ月かかるので、リアルタイムの美術展の話はしにくいですが、いい展示がそろそろ終わるなーという頃合い。筆者は「公開きたわ『動植綵絵』!」とばかり芸大美術館で若冲を堪能したところです。
 これ前回はコロナ禍前に、若冲展で平日3時間待ちをやらかされて、涙を飲んで諦めたヤツですよ、予約制もこういう時にはありがたいです(散歩には邪魔ですけどね)。
 コロナも一山超え、いろんなことが時代とともに変わります。そんな中で今回は、ちょっと、昔のお話を交えながら、公立ではない企業美術館のお話を。

【覚えている方は覚えている】
 新宿にある現SOMPO美術館は、以前は東郷青児美術館といい、その後社名が変わると共に何度も名称を変え、2020年までは「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」という「なんて呼ぶのがいいんだよ!」…と途方に暮れるようなお名前の美術館でした。保険会社の合併は、銀行レベルでありましたからしょうがないとはいえ…。
 この西新宿のど真ん中にある美術館が、ゴッホの「ひまわり」を持っていることは、ご存知の方はご存知ですし、手に入れたときのことを覚えている方は覚えているでしょう。1987年は、私もまだがきんちょでしたがよく覚えています。
 このまだバブル華やかなりし、ベルリンの壁もソビエト連邦も存在した冷戦下の時代、各企業は利益を社会還元するため「メセナ(企業の文化芸術的支援)」という名のもとで、けっこうな金額を美術品購入にあてていました。その中でも「ひまわり」は飛び抜けた落札価格だったため(当時のレートで53億、落札最高額)、さんざTVで非難がましい報道がなされたのは印象的でした。海外でも評判よくなかったですからね、欧州で「贋作疑惑」が出たのは、日本が金にあかせてなんでも買いあさってるぞ的マイナスイメージが手伝っていたのは間違いないでしょう。

 ただ、そういう行為がその後どうなっていくかなんて、結局のところ時代を経てみなければ分かりません。

【時代ってありますよね…】
 バブル崩壊後、主に百貨店系施設が保有していた美術館は、十年くらいの間にがんがん潰れました。東武も西武も、伊勢丹も小田急も三越も、今は嘘のようですが当時みんな美術館を持っていて、そして閉館しています。西武からセゾングループのよう、別の系列に収蔵品ごと切り替えられたところや、ぎりぎり残っている横浜のそごうのようなケースもあるにはあるんですが、散逸したものも多いです。
 百貨店が美術館を持っていたのは、日本の「美術展」が催事に端を発している事情もあるのですが、美術館としてキープするのは困難、という当時の経営判断はけして間違いではないと思います。美術品は、持っていれば金を食います。
 時に時代の中で金を食い続けるだけにもなる美術品を、長期にわたって守るには明らかに強烈な「意思」が必要です。百貨店と違い、たとえば三井記念美術館には、基本的に「三井家のお宝」を守る使命があります。この使命を「時代だからね!」と放り投げることはまずありません。また、旧ブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)は、創業者が戦後すぐに創業者が作り上げた、国内有数の美術コレクション(石橋コレクション)を手放すことはできません。でも、何度も名前の変わる損害保険会社が、今に至るまでそのコレクションを手放さず守り通したことは、素晴らしいことだと個人的に思います。
 三井三菱みたいな元財閥じゃあるまいし、バブル期に買ったものを売ったって、本質的な咎めはなにもなかったでしょう。実際、同時期に日本製紙(当時の大昭和製紙)の名誉会長が買ったゴッホとルノアールは、バブル崩壊と共にさっさとサザビーズに売却されています。そうでなければ、オークションハウスは成り立ちません。
 けれどSOMPOの「東京に本当の目玉になる美術品が必要だ」という意思は、今や「社屋の上の階」ではなく、ぴっかぴかのSOMPO美術館単体として公開されていて、「ひまわり」は倍額出しても手には入らない、時はいつの間にかそういうところまで流れています。
 

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執筆者について

鮫島 葉月

経歴 一般社団法人免疫細胞療法実施研究会事務局、株式会社日本
バイオセラピー研究所 事業推進部部長
慶応義塾大学大学院医学研究科(修士)修了後、2008年株式会社セルシードに入社。再生医療に係る臨床用細胞加工物の開発および品質保証を担当し、当時の細胞培養加工施設の運用整備(GMP準拠)に携わる。2012年(株)日本バイオセラピー研究所に入社、再生医療関連法に同社を適応させ、特定細胞加工物の製造許可を取得。新規の製造施設設計と運用構築、文書策定等を行い、年間3000バッチ以上の特定細胞加工物を製造する細胞加工施設の施設管理責任者を担っている。
一般社団法人免疫細胞療法実施研究会においては、研究会事務局として、再生医療等を行おうとする医療機関向けに申請サポートデスクを運営。すでに200以上の計画策定を支援している。
また当該法人にはICTA特定認定再生医療等委員会を設置し、委員会事務局として再生医療等の審査対応を行っている。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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