最新コスメ科学 解体新書【第4回】
はじめてのコスメ
初めて化粧をしたのは誰なのでしょうか? それはいつ・どこで・どんなふうに起こったのでしょうか?何十年も化粧に関する研究をしていて、ふとそんな疑問が頭をよぎったのですが、もちろんそれを確かめる術はありません。
ところが、ちょっとネットを覗いてみると、世界中にははるか昔のコスメについて調べている研究者がちらほらといたりするのでした。その最も有名なひとりに、Alfred Lucas (1867-1945)が挙げられます。彼はイギリスの考古学者で、20歳台でエジプトに渡り、分析化学を専門とする研究者として、地質・考古学だけでなく法医学の分野でも活躍、ツタンカーメンの墓の発掘では、ハワード・カーターのチームの一員として発見物の分析と保存に関わりました。そんな彼が、1930年に、古代エジプトにおける化粧品と香料に関する論文を書き残しています。そこでは、古代エジプトの特徴ともいえる鮮やかなアイメイクや香り立つ香料について、その出土の状態・成分から産地に至るまで、広範囲に及ぶ推理が展開されているのでした1)。
実をいうと、古代エジプトやギリシャ・ローマ時代の化粧品については、たくさんの研究が報告されています。やはり、現代の社会の仕組みや文化・科学の源流となったこの地域の歴史に対する関心は高いのです。例えば、古代エジプト人がパピルスに記した記録から、彼らはハーブを用いたさまざまな医療を実践しており、例えばアカシアゴムモドキ、アロエベラ、ニガウリ等が皮膚の疾患の治療に用いられていたことが分かっています2)。紀元2世紀のローマ神殿で見つかった小さなブリキ缶に入ったクリームからは、動植物由来の脂肪酸、セルロース・でんぷんなどの生体高分子に加えて、当時白色の顔料として用いられていたスズが検出され、色白の肌に憧れていたローマの女性が下地として使用していたものと予想されています3)。また、きれいにスタイリングされたミイラの毛髪にはヘアジェルが塗布されており、その主成分はパルミチン酸、ステアリン酸という脂肪酸であることが電子顕微鏡観察とガスクロマトグラフィー質量分析法によって明らかにされているのでした4)。これらの成分は、現在のヘアスタイリング剤でも広く配合されており、動植物由来のワックスやオイルからなる処方の骨格は、現在まで変わっていないのでした。
もちろん、長い人類の歴史の中では、古代エジプトや古代ギリシャ・ローマ時代はごく最近・・・。本当のはじめての化粧はいつだったのでしょうか? 世界には、この気も遠くなるような課題に取り組んでいる研究者もいて、例えば、黄土(ochre)と呼ばれるの含水酸化鉄を主成分とする土壌由来の黄土色の顔料がはじめて使われたのはいつなのか、熱い研究がされています5)。黄土は現在ではごくありふれた汎用の顔料ですが、これを使って壁画を描いたり、自分の身体を装うというということは、ヒトが「美」という抽象的な概念を持ち、それに基づいて行動したことを示しており、つまりは他の生き物にはない高度な認知的・文化的ステージに入ったことを示すことになるのです。アフリカ大陸の100以上の遺跡についてメタ分析を行ったところ、3分の1の遺跡で約16万年前から黄土の使用が文化的慣習として定着したことが明らかになりました6)。この現象は、ヒトの集団において、いわゆる集団的な儀式が行われ始めたことと関係してるのではないかと推察されています。
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