医薬品中のニトロソアミン不純物の規制について

日本ではあまり話題になっていないが、欧米では医薬品に含まれる不純物ニトロソアミン類の規制について頻繁に議論が交わされている。

2018年、ある種のニトロソアミン(N-ニトロソジエチルアミン、N-ニトロソジメチルアミン)が、高血圧治療薬や関連医薬品に使用される多くの原薬から検出された。N-ニトロソアミンは発癌性物質として知られており、対応策が問題となった。原薬中にこれらの物質の存在する原因は、原薬そのものの製造条件や製造環境からの汚染による偶発的な混入、溶剤の回収手順、物質の分解など、いくつかの要因が考えられている。

2019年、欧州委員会は、当初問題となっていたテトラゾール環を有するサルタン原薬(バルサルタン、カンデサルタン、イルベサルタン、ロサルタン、オルメサルタン)に含まれていたニトロソアミン不純物に関する法的拘束力のある決定を採択し、これを受けて、欧州医薬品委員会は対応するモノグラフの改訂を決定した。また、この問題に対処するために、2020年、欧州医薬品庁(EMA)から、ニトロソアミン汚染に関するQ&A集が発行されたが、頻繁に改訂され、2023年7月には、第16改訂版が発行*(下記参照)された。

*Questions and answers for marketing authorisation holders/applicants on the CHMP Opinion for the Article 5(3) of Regulation (EC) No 726/2004 referral on nitrosamine impurities in human medicinal products:「医薬品中のニトロソアミン不純物に関する規制の付託に関する欧州医薬品委員会の意見書に関する製造販売承認保有者/申請者のためのQ&A集」:https://www.ema.europa.eu/en/documents/referral/nitrosamines-emea-h-a53-1490-questions-answers-marketing-authorisation-holders/applicants-chmp-opinion-article-53-regulation-ec-no-726/2004-referral-nitrosamine-impurities-human-medicinal-products_en.pdf

この最新のQ&A集によると、医薬品のすべての製造販売業者/申請者は、医薬品中のニトロソアミン不純物の存在が可能な限り緩和し、これらの「cohort of concern:高懸念物質群*」について ICH M7の原則に基づき、生涯一日ばく露量を考慮して算出された限度値以下で管理し、可能な限り低く抑え、適切なリスク軽減措置を講じる必要があるが、ニトロソアミン類は様々な経路から様々な分子種が発生し、画一的な規格化は困難であるため、関連する欧州規則では、製造業者自らが、Step 1: リスク評価、ステップ2:確認のための試験、ステップ3:低減策、の3段階の対策を講じる、いわゆるレビューの要請**が実施された。一応の成果を上げたようであるが、十分な毒性データがある場合はいいとして、新しいニトロソアミン類が出現した特や毒性データの無いニトロソアミン類の一日許容量をどのように決定するのかが大きな問題として残っていた。

*Cohort of Concern(高懸念物質群) :アフラトキシン様化合物、N-ニトロソ化合物、アゾキシ化合物など、高活性遺伝毒性発がん物質を指す。

**レビューの要請:ニトロソアミン不純物の存在リスクを特定し、必要であれば軽減するために製造工程を見直し、その結果を当局に報告するようMAHに要請した。

このQ&A集の質問10「医薬品中のニトロソアミン類にはどの規制値が適用されるか?」の回答には、ニトロソアミン類の許容摂取量の設定方法が2つのシナリオに分けて説明され、詳細な適用例が新しい付録2と3に提示されている。興味のある方には一読をお勧めする。

1.十分な毒性データのあるニトロソアミン類は、ICH M7(R2)に従いTD50*値を計算し、許容摂取量を算出する。

*TD50(Toxic Dose 50): ある物質を動物に投与した場合、試験に用いた動物の50%に毒性が現れる用量。

2.十分なデータ根拠のないニトロソアミン類は、発がん性の分類アプローチCPCA*(Carcinogenic Potency Categorization Approach)を用いて許容摂取量を決定する.

*CPCAは、ニトロソアミノ基のα炭素上の水素のヒドロキシ化が発がん性に関与する点に着目した構造活性相関を利用したアプローチで、N-ニトロソ基に隣接するα炭素上の水素原子の数や配置、また分子内の構造的特徴をスコア化し、5つのカテゴリーに分類し、許容摂取量が機械的に算出される評価法。今回EMAより提示されたCPCAが導入されれば、ニトロソアミン類の限度値設定が機械的に実施できるため、迅速なリスク評価が可能となり、企業の負担が軽減されると期待されている。

またEDQM(欧州評議会欧州医薬品医療品質部門)は、CEP*ホルダーのための対策をそのニュースルームで発表した。

*CEP(Suitability to the monographs of the European Pharmacopoeia):EDQMが発行する欧州薬局方とリンクした「原薬の品質基準の適合証明書」

申請書のN-ニトロソアミンが新たに分類された場合、CEP 保有者は、リスクアセスメント、管理戦略、CEP申請書を新しい評価基準に従って更新し、EDQM にマイナー改訂の申請を提出でき、同様に、現在アセスメント中のニトロソアミン不純物に関連する改訂については、新たに設定された許容摂取量に従ってリスクアセスメントとCEP申請書を積極的に更新し、関連データをEDQMに提出することが奨励されている。新規のN-ニトロソアミンやこの改訂Q&A集の付録に記載されていないN-ニトロソアミンについては、発がん性カテゴリー分類アプローチ(CPCA)を用いて、リスクアセスメントおよび関連する管理戦略で考慮すべき毒性カテゴリーと関連する許容摂取量を決定すること。

 

 

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