ゼロベースからの化粧品の品質管理【第35回】

2023/08/25 化粧品

今回は、『汚染事故を起こさないための衛生管理』の基本的な考え方について。

―『汚染事故を起こさないための環境整備』について―

 化粧品GMPに関して、規格要求事項の中で運用面において気になる事項についてお話させて頂いています。書かせて頂いた内容について、時々法規やGMP要求事項とは違うとの指摘を頂きます。疑問を提示して頂いた場合には、別途その根拠をお伝えしますので、疑問をお持ちの場合はご質問下さい。勿論、実際の監査では指摘を受けていないケースもあることは認識していますが、実際の運用面では問題とされていない場合もあり、問題とは考えなくても良いと言われる方がおられますが、本来の要求事項には従うべきであると考えますし、強いて言えばその部分が見過ごされていることに疑問を持っていることより、ここに焦点をあてて書かせて頂いていると捉えて下さい。
 さて、GMP体制というと、衛生管理に関する事項が真っ先に思い浮かばれると思います。更に、衛生管理については靴の履き替えのルール化や無塵服、無塵帽、マスク、ゴーグル、手袋の着用のルール化とその遵守に重点的に話題が集中しがちであると感じています。しかしながら、品質リスクの観点から考えると、この部分よりも汚染リスクが高い事象に目が行き届いていない現場を良く目にします。端的に言うと、手洗いの徹底とクリーンルームの設置を真っ先に監査で指摘したり、対策を要求したりすることはナンセンスであると考えています。そこで、今回は衛生管理について、『汚染事故を起こさない』との視点から、実践面で押さえるべき点について考えてみたいと思います。以下、『汚染事故を起こさないための衛生管理』の基本的な考え方について、説明させて頂きます。

1.衛生環境に関連する危険因子の特定と対策の実施
 製造所の衛生管理について議論する場合には、衛生環境に影響ある危険因子を特定し、リスク評価を行います。製造現場で手洗いの徹底の掲示を良く見ますが、手洗いが不十分だとすると、どのような場合に、どのようなリスクがあるのでしょうか?逆説的な話となりますが、汚染された手で作業を行った場合に、どのような作業の場合に手についた微生物を含む汚染物質が中味に入る込むリスクあるのかを明確にしなければいけません。また、その汚染の頻度がどの程度あるのか、考えなくてはいけません。このような考え方で衛生管理について考えていくと優先すべき事項が見えてきます。
 先ず、危険因子としては、微生物汚染や昆虫や鼠類、クロスコンタミ、空中落下菌や微細粒子が考えられます。市場回収の要因を見ると、チャタテムシ混入や手袋の破片や装置由来の部品の破片の混入、更に、微生物汚染によるものが衛生管理の不備として挙げられます。これらについて、どの場合にリスクがあるのかを考えて対策を取る必要があります。
 ところで、現実問題として、微生物汚染の発生源について見た場合に、手からの汚染が化粧品製造において本当に汚染リスクが高いと言えるのでしょうか?勿論、想定されるリスクを減らす意味では管理が必要です。人由来の黄色ブドウ球菌については、粉末製品で検出されるケースがありますので、粉末では管理の徹底は必要です。しかしながら、実務面から見た場合には、液体製品では優先すべき事項は、接液部で使用する用具や配管、装置、特に部品の接合部やくぼみ部分、傷の部分、更に、保管容器やポリタンクの傷、ステンレス容器の底のヘリ部分等、中味に触れる部分の管理を優先すべきですし、圧縮空気等中味に吹き付けるものについては、異物が入るリスクの多い部分の管理が極めて重要です。しかしながら、監査等では着衣や手洗いの項目に終始してしまい、本来のリスクの認識とその管理について議論があまり行われないように感じます。
 例えば、手洗いや手袋の着用の議論をする前に、作業服のまま食事をし、上半身に異物が付着しているリスクがある状態で充填・包装作業をしていることや検査員が白衣のまま屋外や倉庫エリアを移動してバルクのサンプリングを行っていることの方がリスクの方が高く、こちらを優先して議論すべきであると考えます。
 衛生管理については、手洗いの徹底等、テキスト的な対応策の展開が必要ではありますが、実務面ではそれぞれの製造現場において、現実的なリスクに基づく対策、体制作りが重要と考えます。但し、現実はテキスト的な要求事項に対して査察が行われ、本来のリスクが高い事項についてはなおざりにされ、監査がおこなわれることは少ないのが実態で、残念です。
 
2.設備と機器の清掃と保守
 製造に使用する設備や機器を定期的に清掃・消毒し、適切な保守を行うことで、汚染のリスクを軽減します。使用する洗浄剤や消毒剤は特定し、手順を明確にする必要があります。
 この洗浄と消毒・殺菌においても、次の2項目があまり議論されていないように感じます。
 
① 洗剤、消毒剤の使用時の液温が議論されず、濃度だけに偏っている
洗剤、消毒剤を使用する場合には、手順書の中で銘柄、使用方法について明確にする必要があります。その場合、濃度やその使用量の規定はされているものの、使用時の液温についてあまり気にしていないケースが多いと感じています。この点は、ラボでの検証において実験した液温を明確にすると共に、温度が10℃違うと殺菌力や洗浄力(乳化、可溶化)が大きく異なることには注意が必要です。濃度を上げるのではなく、液温を上げる事も殺菌や洗浄において有効であることや、液温が低い場合にはラボの結果と違いが出る場合があることについての認識が必要です。
 
② 設備や用具の保管について密封保管することが必須と考えている方が多いが本当にそうなの?
消毒処理後の設備や用具の保管については、密封保管が基本であると言われているように感じていますが、実際の微生物汚染の面から考えるとどうでしょうか?実務的には乾燥させ、通風状態を確保し衛生状態で管理することの方が有効で、定期的なリセットプログラムを設け、バイオフィルムを作らせないことが実務的には有効です。
 これは、乾燥状態に保ったとしても設備類は完全に乾燥させることはなかなか難しいことと、結露は避けられないことから、微生物対策では通風状態として乾燥状態を確保することが有効な手段となります。そして、使用する前には流水で洗い流します。使用する前の消毒作業、殺菌作業を実施すると定義されている手順書を見ますが、殺菌や消毒を目的とするならば、一定時間の薬液や熱水のホールドが必要になります。しかしながら、使用する前にアルコール消毒すると定義していても直ぐにアルコールを拭き取っているならば、放置時間が短いため僅かな殺菌効果しかなく、殺菌していると言うレベルまでには至らず、アルコールでふき取っているだけではないかと反論したくなるケースがあります。

 

 

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執筆者について

鈴木 欽也

経歴

1980年に㈱資生堂に入社。掛川工場で処方開発・生産技術開発を担当。ネイルエナメルのゲル化剤、色材の開発や調色に関するコンピューターカラーマッチングシステムを開発。他に高圧乳化、凍結乾燥、パーマ剤、ヘアカラー等の特殊技術開発にも従事。
その後、本社生産技術部で海外事業戦略、海外工場建設、生産技術移転、海外薬事対応の業務を担当した後、再び掛川工場でファンデーションやマスカラ生産の移管業務を担当、本社で海外原料・資材・製品調達の業務を担当した後、中国北京工場の取締役工場長として、工場建設とシャンプー、リンスの現地生産化や化粧品の工業会の業務に尽力。
帰国後、掛川工場技術部長、大阪工場技術部長を歴任、FDAの査察受け入れやEU原薬登録を実施。
また、㈱コスモビュティー執行役員 品質管理部長としてベトナム工場、中国工場を建設。現在、㈱ディー・エイチ・シーさいたま岩槻工場の工場長でメーキャップ製品の工場改修・立上げを実施した。2017年から中小企業診断士として、鋳造業、サービス業、建築業等の事業計画作成支援や企業の5S活動支援を実施している。
品質管理に関しては、米国OTC製品の化粧品業界で日本国内初のFDA査察を受け入れ、指摘事項ゼロ件での対応、ヒアルロン酸のヨーロッパ原薬登録・米国FDA登録、ヒアルロン酸の原薬工場棟の増設を責任者として推進した経験を持つ。
公害防止管理者(水質1種、大気1種)、中小企業診断士(埼玉県正会員)、FR技能士、ターンアラウンドマネージャー(事業再生、(一社)金融検定協会認定)、健康経営EXアドバイザー、ISO9001審査員補、2022年5月から(株)エコノス・ジャパン代表取締役

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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