医薬原薬の製造【第28回】

これから数回に渡り蒸気節約機器として、多重効用缶 (Multiple Effect Evaporator = MEE) 、機械式蒸気圧縮蒸発缶(Mechanical Vapor Recompression Evaporator = MVRE) を紹介したいと思います。これらは主に水の蒸留に使われ、加熱に使用する蒸気のエネルギーコストを大幅に削減することができる省エネ装置です。これらの装置によってどの程度加熱用の蒸気が節約でき、その削減費用はどの程度になるのか?を考えます。まず最初に多重効用缶(MEE)や機械式蒸気圧縮蒸発缶(MVRE)によって、どの程度の蒸気が削減できるのかを解説し、次に、削減された蒸気がどの程度の金額になるのか?について解説します。具体的には、重油ボイラーによる蒸気製造変動コストの計算、ボイラーの構造とボイラーの省エネについて解説をします。
 
インドの工場で
私はインドに関する記事をGMPプラットフォームの中に書いております。その中で、「インドでは、化学工場の排水を川に捨ててはいけないという法律がある。工場にはそもそも工場排水溝がない。」と紹介しました。そんなことできるのか?と思いますが、工場で出る排水は、すべて蒸留回収しているのです。水の蒸発潜熱は非常に大きいので、排水の蒸留回収には、通常の蒸発缶を用いますと、蒸発量と同じ量の蒸気が必要になります。この蒸気コストは非常に大きなものになります。
 
私が見たインドの工場では、排水処理施設に4本の大きな塔が立っておりました。最初の塔は、低沸点溶媒を留去する、蒸留塔です。残りの3本の蒸留塔は、いわゆる3重効用缶でした。、工場から出てくる排水はかなりの量になりますので、通常の蒸発缶でこれを蒸留回収しますと、ほぼ同程度の重量の蒸気が必要になってきます。次の回で示しますが、蒸気の製造変動費はほぼ5~6K円/トンになります。1日にどれ位の排水が出てくるかですが、これは工場によってかなり違うと思います。通常の原薬の工場では精製水だけでも数トン/日の消費がありますので、工場全体から出てくる水は1日10トンは超えるのではないかと思います。仮に一日に50トンの排水が排出されると仮定すると、毎日25~30万円の費用が排水回収だけで飛んでいきます。このコストは馬鹿になりません。排水を蒸留回収するだけでこれだけのコストをかけていては、インドの原薬工場は競争に勝つことはできません。そこで、多くの工場で、排水回収に多重効用缶が使われているのです。
 
ところでインドの工場で、回収した水をどのようにして使っているのでしょうか?精製水の原水には使うことはできず、多くが工場の緑化用の水に使われています。私の関与したインドの会社の工場は、デカン高原にあって比較的乾燥地帯なので、植物を緑に保つには水が必要です。工場を訪問するといつも作業員が多量の水を工場に撒いています。またスプリンクラーで芝生に水を撒くのも頻繁に行われていました。このため、乾燥地帯にも関わらず緑が多く、工場内の緑が乾季でも保たれていました。

多重効用缶、機械式蒸気圧縮蒸発缶とは?
まず最初に通常の蒸発缶の模式図を示します。原料のフィード液は、プレヒーターで凝縮水で暖められてから、熱交換器に入り蒸発缶で蒸発して熱交換器で冷却されて蒸留水として回収されます。この蒸発缶でも既に省エネが考慮されています。プレヒーターです。プレヒーターは、メインの加熱用熱交換器に供給された凝縮した100℃の水を熱源として使っています。大雑把な計算ですが、この系では、水1トンを蒸発させるために、蒸気がおよそ1トン必要になります。


 
次に3重効用缶の構造図を以下に示します。基本的には、減圧蒸留で、左から右に行くに従い蒸留塔の温度(蒸気温度)は低くなり、減圧度は高くなっていきます。T1>T2>T3となります。以下の系の場合、塔1,2で蒸発した蒸気の持つ蒸発潜熱は次の塔の熱源として利用されていますT1>T2>T3が成立するので、蒸気の熱を次の蒸発缶の熱源として利用できるわけです。しかし最後の塔3で発生した蒸気の潜熱は、通常の蒸留塔と同様、クーラーで冷却され、捨てられています。従って蒸発潜熱は、塔1、塔2は利用、塔3は廃棄ということになります。水の場合、室温から100℃まで加熱する熱量(室温20℃として80kcal/kg)に比べて、蒸発潜熱(539.2kcal/kg)の方が圧倒的に大きいので、100℃までの加熱を無視すると、下記の系では、水1トンを蒸発させるために、蒸気が1/3で良い計算になります。さらに詳しい計算は次の章で紹介します。
 
上記の非常に大雑把な計算では無視されてしまうのですが、以下の系では、塔2、塔3から出てくる蒸留水の持つ熱が捨てられています。熱交換器を増やして、Feed液に熱を渡すことができればさらに省エネ効果が増大します。


 
次に機械式蒸気圧縮蒸発缶について概略を説明します。上記の多重効用缶では、次の蒸発缶の減圧度を上げることにより、発生した蒸気温度よりも低い温度で水が蒸発できるようにしています。機械式蒸気圧縮蒸発缶では、100℃の蒸気を圧縮して温度を上げることにより、蒸発に使われた蒸発缶の熱源として利用しています。ここが賢いところです。多重効用缶では蒸発塔の数を多くしないと効率が上がりませんが、機械式蒸気圧縮蒸発缶では、一つの蒸発缶で非常に高い効率が得られるのが特徴です。


 
一方で、デメリットもあります。一つは圧縮装置に設備費がかかること。もう一つは、濃縮缶の熱源に外部蒸気と内部蒸気(蒸発で発生した蒸気)の二つの熱源を使うので熱交換器が複雑になることです。いっそのこと、加熱用の蒸気と、蒸発によって得られた蒸気の二つを混ぜてしまえば良いという考え方もありますが、これも外部蒸気と内部蒸気の圧力が異なるので、構造が複雑になりますし、また、外部蒸気の凝縮水が回収された水に混ざってしまうことになります。排水回収の目的の場合、これでも問題はないと思われます。しかし、水以外の溶媒の濃縮には全く使えませんし、外部蒸気に含まれる清缶剤等の成分が混入することが問題となる場合もあります。WFI (water for injection) の製造では、有りえないでしょう。
 
さて機械式蒸気圧縮蒸発缶の効率ですが、装置立上げのときに蒸気は必要ですが、定常運転に入った場合、外部蒸気は理論上全く必要ではありません。Td-T0 < ​ΔT が成立し、熱損失がゼロと仮定すると、この系は外部蒸気が全く不要という熱計算になります。ただし、ΔTを発生させる圧縮機のエネルギーは必要です。水蒸気の定圧比熱は、水(液体)の半分程度です。水の比熱4.21(KJ/kg)、水蒸気(100℃)の比熱2.1(KJ/Kg)です。従ってこの圧縮機のエネルギーはかなり小さいものになります。
 
さて、機械式蒸気圧縮蒸発缶装置で最も重要な圧縮機による温度上昇の原理について解説しておきます。

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