医薬品委受託製造に関する四方山話【第9回】

2014/03/31 製剤

20.筆者の実務体験
 
 学生時代に窒素、硫黄を含むヘテロ環有機化合物の合成と反応機構解明に没頭していた筆者は、分析機器で日常触っていたのは、IR、1H-NMR(それも掃引式50MHz)ぐらいで、それ以外はほぼ反応生成物追跡のためのTLC(薄層クロマトグラフィー、UV/I2呈色)と反応生成物単離のシリカゲルカラムクロマトグラフィーを使うのみの日々でした。毎日、反応生成物の単離と構造決定が主な仕事で、それから反応メカニズムを考察し、様々な変換反応に応用できないかを探る日々でした。第1回で記載しましたが、筆者の製薬会社での最初の仕事は、抗生物質の物性評価、規格及び試験法開発とCMCパートの申請資料作成でした。学生時代の研究とは全く違う分野に配属された私は、最初、過去に見たこともない様々な分析機器が配置されたラボで仕事を開始することになりました。基本的に不器用な私は、毎日、機械操作に慣れるための格闘の連続でしたが、期待していなかった学生時代の有機化学の知識やNMR, IRのチャートを解析できる知識/経験は役に立ちました。たとえば、HPLCによる化合物群の分離に関しては、分離モードを理解できれば、化合物の構造を見ればどちらが先に溶出するかがすぐさまわかるようになりました。また、内標準物質の選択も最初に選択した化合物の構造と溶出位置から考えて、次はこれとすぐに次の選択肢へと移行できました。また、原薬の分析をする場合には、必ず合成法を調査し、合成副生物や分解物等どのような類縁物質が夾雑する可能性があるか等を自然に考えることができました。
 
 そして、私に転機が訪れました。私が担当していた当該抗生物質の海外製薬会社へのライセンスが決定したのです。確かあれは、入社3年目のことでした。ちょうどひととおり、その開発品の治験レベルでの規格及び試験方法の骨格が決まったときだったとおもいます。ある日、上司から、1週間後に日本にやってくるライセンス先との会議に出て、当該開発品の物性、安定性、規格及び試験方法を説明しなさいとの指示がありました。当時ほとんど英語を話せない私は、辞書を片手にその規格及び試験法や物性、安定性データを下手な英語に訳し、OHPシートを使ってこれまたおぼつかない英語でプレゼンしました。思えばこれが、会社間での私の最初で最後の試験法技術移転のスタートだったと今にしておもいますが、その時はそのような言葉はなかったので、試験方法の説明というような認識でした。余談になりますが、私にとって良かったのは、この開発品が物性的に非常に多様な性質を持っていたことです。安定性、熱的挙動、結晶形、不純物プロファイル、マスバランス、分解メカニズム、製造法...どれをとっても難しく、分析者としてというよりも、製薬会社で働く人間として開発とは何か、仕事の神髄等について教えられ、鍛えられた開発品でした(当時は部内の他の方が実施していた安定で、不純物の少ない開発品が羨ましかったのですが...)。
 そして、昨今のようなフォーマルな形ではありませんでしたが、設定した規格及び試験方法の説明のため、先方の海外のラボにも2回訪問し、試験法の詳細説明とともに、すべての不純物を網羅する試験法の開発や不純物の構造決定等、様々な課題を協議し宿題として持ち帰り自ら検討することになりました。当然のことながら、物性がよくないので製造の方も原薬、製剤とも簡単ではなく、開発期間中に製造法変更は繰り返され、そのたびに安定性試験を繰り返し、確か開発期間中に原薬の安定性試験だけで10回以上は実施したことを覚えています。その時の協力者とともに、またやり直しか...と嘆きながらも、この開発品のCMC研究を全面的に任されていたこともあり、前に進むしかないと悪戦苦闘していました。この時の海外への試験法技術移転で、実ははじめてMethod Validation、Impurity Profile、Material Balanceといった言葉を学びました。そのおかげで、今でも試験法を見ると、堅牢な試験法なのか、安定性をモニタリングできるのか、不純物を抜け落ちなくすべて検出できるのか、それらの化学構造はわかっているのか、その検出限界はどうなっているのか等、気になって仕方ありません。物質収支が合わないことから、通常の逆相HPLCでは検出しない成分の存在が示唆されること、それをどう検出するかライセンス先とともに試行錯誤し、別のHPLC法を開発し、物質収支を合わせることができたときに先方の分析担当と「ブラボー!」と喜び合ったものでした。
 
 技術移転を進める中で、課題を他社と共有しつつ解決もできたという経験は本当に幸せな経験でした。試験法の技術移転と試験法の開発、変更を同時並行で実施した例になるかとおもいます。実は、これは開発品であったからできたことで、これが商用品であればなかなかこのような経験はできないとおもいます。なぜならば、既に承認され確立された試験法だからで、それを変える必然性が通常はないからです。しかし、商用品であったとしても現時点で安定性をモニタリングできない試験法であるとか、不純物を検出できないとか、物質収支が合わないというような試験法であれば、すぐにでも改良に着手すべきでしょう。1万5千種以上の医薬品があり、数十年の使用実績があるものでも、製法や製造サイトはずっと一緒であることはありません。 試験法Validationは当然のことながら重要ですが、それ以上に、現在の製法(原料ソース、設備機器を含む)からみて現在の試験法や規格値が妥当なのかどうか、その規格値と有効性、安全性との関係はどうなっているのかといった検証も本当は重要なのだと考えています。とかく、創薬若しくはCMC分野でも新規開発品の原薬、製剤の製造法開発等に焦点が当たりがちですが、試験法開発にも、その製造法開発と密接に関係して本当に奥深いものがあることを入社直後に経験できたことは、今でも私の力となっており、是非、医薬品の試験法開発や物性研究、試験室管理に携わる方々にも、重要でやりがいのある分野であることを再認識いただければ幸いです。
 

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執筆者について

笠井 隆行

経歴

個人コンサルタント
1985年に塩野義製薬(株)入社 医薬品物性研究、分析法設定、国内外申請資料(CMCパート)作成、原薬製造プロセス研究に従事、
1997年から2年間の米国Schering-Plough社でのGlobal GMP, CMC開発の海外研修後、CMC Office長、治験薬製造室長を兼務
2006年に武州製薬(株)代表取締役社長就任、2012年に日本CMO協会会長(4年間)
2016年に富士製薬工業(株)副社長 生産統括本部長、富山工場長を歴任、
2017年からタイOLIC社 Managing Directorを兼務
2022年にシオノギファーマ(株) 信頼性保証本部長、第一生産本部長を歴任
2024年3月:シオノギファーマ(株)退職

出身地 大阪

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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