【第9話】医薬品品質保証こぼれ話 ~旅のエピソードに寄せて~

2024/12/20 品質システム

“過剰医療”と“医療費および医薬品の安定確保”

執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話

 

“過剰医療”と“医療費および医薬品の安定確保”

先日(2024.11.29)、イギリス議会で“安楽死”の合法化法案が可決されました。現在、安楽死が法的に認められている国は、オランダ、ベルギー、スペイン、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアなどヨーロッパを中心とした一部の国に限られており、日本では議論さえあまりなされていないのが現状です。現在の日本の医療は、可能な限り命を長らえさせることがよしとされ、患者本人が明確に望んでも安楽死は認められません。安楽死と似た言葉に“尊厳死”がありますが、これは、患者の意思を尊重し、投薬や機器による延命治療を施さずに自然死を待つことを意味しますが、これも法的に認められていません。

こういった法的背景や家族の要請などにより、日本においては、回復が見込めない患者や、過度に認知機能が低下した寝たきりの患者についても、ほとんどのケースで医療機器や薬剤により延命措置がとられているのが現状です。この状況が、高齢者の多くが長期間にわたり医療を受け続けるという状況を生み出し、このことが、増え続ける医療費をさらに増加させる大きな原因になっています。加えて、最近の新薬には従前と比べて格段に薬価の高いものが多く、これにより、月々、50万円、100万円といった高額の医療費を要する患者の数が増え続け、その結果、さらなる医療費の増大を招いています。

このような高額の治療を受ける患者の自己負担は、所得にもよりますが、多くの場合、5万円~10万円程度であり、ほとんどは高額療養費制度に基づき保険で賄われます。少子高齢化が進行する中で、このような状況が続けば医療費が破綻することは火を見るより明らかとの危機感から、その対策は喫緊の課題と考えられます。この現状への対策の一つとして、冒頭の安楽死や尊厳死といったことが可能性として考えられますが、欧米と異なり、この種の議論さえなされない日本においては、当面、今の人命第一を旨とし、あくまで命を長らえることをよしとする、日本人や日本の医療の根底にある考えや意識を変えることは難しく、早々にこういった方向に舵を切ることができないのが現状です。

この状況の中、増大する医療費の抑制策として長年にわたり行われてきたのが、“毎年の薬価切り下げ”や“後発医薬品の使用促進”といった施策です。これらはいずれも、“保険で負担する医薬品の費用を安く抑えるための方策”ですが、これら制度には時間の経過とともに様々な面で無理が見られているのが現状であり、そのひずみが製薬企業の利益構造や医薬品の生産・品質保証体制に悪影響を及ぼし、結果として現在の“医薬品不足の慢性化”、さらには創薬へのエネルギーを削ぐことに繋がったと考えられます。この今の状況は日本の医療・製薬を全体として見た場合、決して好ましい状況ではなく、薬価制度や医療のあり方を含め、医療・製薬全体を俯瞰し、医療費と医薬品の安定確保に向けて総合的な視点から考え直す時期にきていることを示唆していると言えるでしょう。

 

 

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執筆者について

浅井 俊一

経歴 1974年ロート製薬入社。品質管理・薬事・品質保証の各業務にそれぞれ7年・15年・16年間従事。退職後、2018年まで中国の原薬工場および国内受託企業において、改善・人材育成を含む品質保証全般に携わる。
中国での活動に、「新薬事法下の日本の医薬品品質保証体制」(2009/上海),「日本に輸出するための原薬品質の要件」(2017年/杭州)などの講演や、北京CFDA(現, NMPA)主管「医薬経済報」への「中国原薬の品質確保の視点」の連載(2012年)などがある。
取り組みテーマは「製薬工場のヒューマンエラー対策」,「中国等の海外原薬の品質と安定供給の確保」,「GMP記録の信頼性確保」,「組織コミュニケーションの活性化」,「作業者のモチベーションの確保」など。
著書に「改訂版GMP教育訓練マニュアル」(㈱じほう、共著),「3極対応/試験検査室管理実践資料集」(㈱情報機構、共著)などがある。
元,日薬連品質委員会常任委員。元,日本OTC医薬品協会品質委員会委員長。元日薬連CSV検討会メンバー。 薬剤師。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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