医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第49回】

2024/01/26 医療機器

今回でこの話題の最後になります。終生にわたる影響の検索ということで、発がんに関する研究です。

 

内分泌攪乱化学物質の生物影響の研究例(その3)

 

 今回でこの話題の最後になります。今まではオクチルフェノール(OP)が、成熟した雌にエストロジェン様作用を及ぼし、加えて新生児のばく露で、性成熟期以降に連続発情や子宮内膜の増殖性変化があったことをお示ししました。そして、今回は、終生にわたる影響の検索ということで、発がんに関する研究です。


 前回ご紹介した合成エストロジェンのジエチルスチルベストロール(DES)は、流産防止などの目的で販売されていたのですが、投与された母親ではなく、生まれた子供、特に女性で、成長後に腟腺癌や子宮形成不全が生じました。DESには突然変異誘発性はなく、染色体の数的異常と、エストロジェン様作用が関連していると考えられています。


 エストロジェン様作用を有するDESに上述したような発がんへの影響が知られていましたので、OPについても同様の作用があるかもしれません。
そこで、下図のようなデザインで、2段階発がんモデルにより、子宮内膜癌発生への影響を検索することにしました。

  二段階発がんモデルは、以前発がん性のところでお話したとおり、イニシエーターという遺伝毒性の強い発がん性物質を投与し、その後、被験物質を投与することで、発がんに至る時間を短期化し、発がん率を上げて効果的に発がん性を評価する目的で考案されたものです。
 OPの研究では、5種類の群を設定しました。動物は雌のDonryuラットで、以前もご説明した子宮内膜癌の好発系です。

 第1群: 対照群、11週齢に発がん性物質であるニトロソグアニジン(ENNG)を子宮内投与するだけの群
 第2群: 1群の処置に加え100 mg/kg体重の用量でOPを15ヵ月齢まで皮下投与する群
 第3群: 卵巣摘出し、その後ENNGを投与するだけの群
 第4群: 3群の処置に加え100 mg/kg体重の用量でOPを15ヵ月齢まで皮下投与する群
 第5群: 新生児期に100 mg/kg体重の用量でOPを投与し、その後ENNGを投与する群

 第2群は、成人期におけるOPばく露の影響を検索するものです。また、第4群は卵巣を摘出していますので、OPによる成人期ばく露が子宮へ直接的に影響するかどうかを調べる群です。そして、第5群が新生児期のみOPにばく露した状態で、成長後にどうなるのかを確認するための群です。
 15ヵ月はどう見ても短期ではないのですが、子宮内膜癌は子宮頸癌などと異なり、人でも閉経後に生じるがんのひとつで、体内の内分泌環境が不均衡になる(エストロジェン/プロジェステロン比の上昇)が原因のひとつとされています)ことによるものと考えられており、発生までに結構長い時間が必要な癌です。

 研究の結果、子宮内膜の増殖性病変は以下のような発生数でした。9ヵ月齢、12ヵ月齢と月齢が進むにしたがい、過形成(hyperplasia)が増加したり、増悪化したりし、加えて子宮内膜癌(adenocarcinoma)も見られました。15ヵ月齢では、第1群で17%、第2群で46%、そして、第5群で36%の動物に子宮内膜癌が発生しました(第1群と第2群で統計学的な有意差がありました)。第3群と第4群の結果はありませんが、いずれも子宮内膜癌の発生は見られていません。これは、OPによるがんの発生には、卵巣というホルモンを分泌する臓器が必要ということを示しており、また、OPの子宮への直接的な影響のみでは発がんには至らないということです。
 


 また、脚注のcに示したように、第5群で子宮内膜癌が認められた動物のうち3匹では、肺や腹腔内に転移が見られました。ヒトではがんの転移はしばしば見られますが、ラットではほとんど転移はありませんので、この結果には驚きました。がんの悪性度については、細胞分化の程度と、転移などの浸潤の度合いを指標とすることが、ヒトのがん診断では行われています。そこで、ヒトの診断基準を利用して、15ヵ月の子宮内膜癌の悪性度を分類したのが、下表になります。


 Differentiationというのが分化度のことで、invasionが浸潤を意味します。成人期にOPにばく露して、子宮内膜癌が発生すると、高分化型、かつ、子宮内で増殖する例が多いのに比較して、新生児期にばく露した第5群では、低分化型で、子宮を超えて浸潤したり、肺に転移する例も見られたことが特徴的でした。

 

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執筆者について

勝田 真一

経歴 一般財団法人日本食品分析センター 理事
1986年財団に入所し、医療機器、医薬品、食品、化粧品及び生活関連物資等の生物学的安全性評価に従事。1997年佐々木研究所研究生として毒性病理学及び発癌病理学研究に携わる。1999年東京農工大学農学部獣医学科産学共同研究員として生殖内分泌学研究。日本毒性病理学会評議員、ISO/TC194国内委員会、ISO/TC194 WG10 Technical ExpertやJIS関連の委員などを歴任。財団では薬事安全性部門を主管し、GMPやGLP対応を主導。情報システム部門担当を歴任。大阪彩都研究所長を経て現在北海道千歳研究所長。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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