新・医薬品品質保証こぼれ話【第37話】

薬価制度の見直しと“予防的対応”の重要性。
執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話」
薬価制度の見直しと“予防的対応”の重要性
先日(2023年9月29日)、岸田総理が薬価制度の見直しを武見厚生労働大臣に指示しました。これを受けて早速、社会保障審議会の医療保険部会で患者の負担額などについての議論が開始されました。報道によれば、新薬開発の後押しのための財源確保と処方薬の患者負担増が本件の中心課題のように見受けられますが、毎年の薬価引き下げによる製薬企業の収益率の低下など、現在の薬価制度の下に発生している他の重要課題にも焦点をあてた議論になることが期待されます。
現行薬価制度(特に“薬価改定”の仕組み)は、現在の深刻な医薬品不足の構造的な原因の根本にある大きな要因の一つと考えられ、これまで再三再四、その抜本的な見直しの必要性について述べてきました。また、製薬業界や先の有識者検討会(医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会)においても、毎年の薬価の引き下げは日本の製薬企業を弱体化させる原因になっているとの見方が示され、この観点からも薬価制度の抜本的な見直しの必要性が繰り返し叫ばれてきました。しかし、一部に改善の兆しが見られるものの、立場の違いからか“支払い側”が頑なに現制度を死守するがごとく、業界の要請等に応じないというのが直近の状況です。
薬価制度に限らず、現在の国際情勢を踏まえると、国の基幹の制度については迅速に必要な改革を実施し国内を安定させ、グローバルな危機に備えるという姿勢が求められます。立場の違いや利害から旧来の制度や慣行に執着している状況ではないはずです。また、世の中の趨勢により、既存の制度がその時代に適さなくなるということは一般に考えられ、機に応じた改変の必要性は誰もが理解するところです。まして、コンピュータ時代の現在は変化が急であり、かつ、社会に多大なインパクトを与える可能性のある“生成AI”のような、これまで世の中になかったものが次々と出現することから、それらへの対処のあり方など、国として取り組むべき重要な課題が山積しています。
こういう状況にあって、今回の“薬価制度の見直し”や、“マイナンバー制度の情報システムの改善”など、各省庁の重要課題の解決に向けて、“総理大臣の指示”がないと実質的に動かないという状況が散見されます。本来、課題の推進は所管の大臣が主導し、課題の重要性や進め方について概略の考え方、解決の道筋が整った段階で“総理の承認を得て”、その対策等を具体的に推進するというのが本来の流れかと思います。政治の世界では、上記のような形式的な手続き(総理の指示)を踏んで進めるのが慣例かも知れませんが、スピードが求められる今の世の中においては少しもどかしさを感じます。
国の安定を図り国民の生活を守るためには、現在の国際的な重要課題に可能な限りエネルギーを集中させる必要があり、国内の課題については議論に費やす時間を極力減らし、対策の道筋が明らかになった課題については間髪を入れずに対策を講じるというのが、今、政治に求められ、また、それが政治を担う者が心掛けるべき本来の姿ではないでしょうか。
薬価制度のように、国民皆保険制度の維持や医療費の安定確保といった、本来、国民の医療の礎とも言える重要な制度であっても、長い年月が経過し時流に適さなくなれば、現行制度の役割は終わったと判断し、早々に見直し、改めるのが自然の流れと思われます。年毎の薬価引き下げにより、後発医薬品企業、創薬志向企業にかかわらず製薬企業の弱体化が危惧されるなど、様々な問題が浮き彫りになっている現在の状況の下での見直しでは、本来、遅すぎます。
もっと早期にこれらの問題に気づき、予防的に対策を講じるのが政治を担う者の役割であるはずです。それができていないのは、これほど重要な課題でさえ、日頃、真剣に関連の課題に向き合い状況を客観視できていない証といっても過言ではないでしょう。医薬品産業が日本の基幹産業の一つであることを考えると、なおさら、この状況は深刻です。
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