医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第42回】
がん予防効果を評価する
がんは悪性の腫瘍です。一方、悪性ではない腫瘍もあります。
最近では、大腸内視鏡で定期的に検査されている方も多いかと思いますが、頻繁に観察されるのがポリープで腺腫とも呼ばれます。これらは良性の腫瘍ですが、大腸ポリープの場合、悪性に移行する可能性があるため、切除されることが多いそうです。私も何度か内視鏡的に大腸ポリープを切除してもらっております。余談で恐縮ですが、私の息子は内科医をしており消化器内科が専門なのですが、私情が入るので自分の子供を含め家族の面倒はみないそうで、ましてや父親の話などちっとも聞いてくれません。近くの病院で発見された大腸腺腫が悪性かもしれないと病理検査になったことがあった際、親バカですが優秀な医師と思っているので、セカンドオピニオンをとその写真をメールで送って診てもらった時も、「大丈夫でしょう。」の一言の返信だけでした。事実、病理検査でも良性と診断されましたので、間違いなかったのですが、父親と子の関係はドライだなと思ったところです。皆さまのところもそんなものでしょうか。
下記に腫瘍の分類をお示しいたします。日本人の2人に1人は一生のうち何かのがん(悪性)に罹患しますので、その意味でも知っていただいて損はないとかと存じます。
良性 | 悪性(がん) | |
上皮性 | 過形成 ポリープ 腺腫 |
癌腫(肺がん、乳がん、胃がん、大腸がん、子宮がん、卵巣がん、頭頸部のがんなど) |
非上皮性 | 筋腫、脂肪腫、軟骨腫、骨腫、血管腫など | 肉腫(骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、線維肉腫、脂肪肉腫、血管肉腫など) 白血病、悪性リンパ腫、骨髄腫など |
今回は医療機器の生物学的安全性のお話は一休みして、発がん予防効果を動物試験で検証する方法を紹介したいと思います。
前回、医薬品のがん原性評価の方法として、イニシエーション・プロモーションモデル(二段階発がんモデル)があることを記しました。これは、イニシエーションとして既知の発がん物質を投与した動物に、被験物質を投与し(プロモーション期)、対照群との前がん病変(過形成や腺腫など)や腫瘍発生率を比較することにより、発がん修飾作用を検索する試験法で、多臓器発がん試験も同様の方法です。これらの方法は、遺伝子改変動物のように遺伝子操作によって、がんを生じやすくする代わりに、ニトロソアミンなどの化学物質によって、遺伝子突然変異を誘発させ、その後に被験物質をばく露させる方法で、がんになりやすくなる処置を加えて短期間でのスクリーニングを目的とする点は同じです。
発がん修飾作用を検索するということは、発がん効果だけでなく予防効果の確認にも利用できます。イニシエーション処置した動物に被験物質を投与し、対照群と比較して発がん率が減少すれば、発がん予防効果の可能性があると考えられるからです。
植物に含まれるリグナンという成分をご存じでしょうか。ライ麦をはじめとする食物繊維の豊富な植物種子などから得られもので、matairesinol (MR)やsecoisolariciresinol (SECO)に代表され、植物リグナンと呼ばれています。一方、私たちの血中には、ほ乳類リグナンと呼ばれるenterolactone (ENL)やenterodiol (END)などが認められるのですが、これらは植物リグナンが腸内細菌叢により分解されたもので、ENLの血中濃度が高いほど乳がんのリスクが低いという疫学研究の報告があり、植物リグナンを摂取することで乳がんを予防する可能性があるとされています。女性ホルモンのエストロジェンの過剰ばく露は乳がんを引き起こすことがわかっていますが、リグナンによる乳がん抑制のメカニズムとしては、リグナンの化学構造が女性ホルモンであるエストロジェンと類似していることから抗エストロジェンとして作用する可能性や、エストロジェン合成酵素のひとつであるaromatase阻害作用を有することからエストロジェン合成を抑制する可能性も示されています。
クリスマスツリーとしてヨーロッパで使われるヨーロッパトウヒは、北欧をはじめとしてヨーロッパでは普通に見られる樹木です。ヨーロッパトウヒの心材にはhydroxymatairesinol (HMR)というリグナンが含まれています。HMRはその化学構造からENLなどの前駆体になり得ることが示唆されました。米国サンフランシスコ湾岸地域の疫学研究において、リグナンやイソフラボンはヒト子宮内膜がんの低リスク群と関連していることが報告されていました。子宮内膜がんは乳がんと同じくホルモン異常がその発生に関与すると考えられていますので、HMRが子宮内膜がん予防の可能性があるかもしれないということで、20年ほど前にDonryuラットという系統を用いて、子宮内膜がんのイニシエーション・プロモーションモデルを用いて検証しました。
ここまで読んでいただくと、HMRをどうして見つけて精製したのかという疑問を感じるかと思います。HMRは、フィンランドのTurku大学医学部Risto Santti教授が見出した成分で、Santti先生と私が出向した佐々木研究所の前川昭彦先生が交流しておられたことが縁で、HMRの子宮内膜がん発がん予防効果を調べてみようということになりました。ちょうど私が出向から職場に戻った時期で、職場の施設を利用して実験してはどうかとお声がけいただき、あくまでも研究活動として実施することになりました。一応、幹部の許可はいただきましたが、仕事の合間を縫っての研究でしたので、皆さんの理解を得られるよう、そして、本業を疎かにしないよう、たいへん気を使いました。
試験デザインは下図のとおりで、イニシエーションとしてENNGという発癌剤をラットの子宮内腔に投与し、その後、HMRを含む飼料で1年間飼育しました。1年というとかなり長いのですが、子宮内膜がんは閉経後に発生してゆっくり進行することが多い腫瘍で、一定の長い期間が必要であったからです。
8ヵ月齢時に調べたラットの尿中のリグナンの分析結果は、以下のとおりで、HMRを含む飼料を摂取した動物の尿中には、HMRだけでなくENLなども検出されていました。
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