新技術最前線 新薬開発を目指す人へ【第3回】

第3回 『細胞・遺伝子治療における製造・品質管理プロセスの課題とDroplet Digital PCRの活用』


 細胞・遺伝子治療関連製品はここ数年で急成長したモダリティーの一つであり、多くのベンチャー企業や大手製薬企業が研究に取り組んでいますが、まだ新しい分野であるため、モダリティーとしての信頼を確立し、これらの治療法を最大限に成功させるためには常に徹底した品質管理やバリデーションプロセスが求められます。Droplet Digital PCR(ddPCR)は検量線を用いることなくターゲット遺伝子を絶対定量することが可能であり、(1) 再現性の高い結果(10%未満のCV)、(2)絶対定量による結果比較の容易さ、(3)エンドポイントアッセイによるPCR阻害物質からの影響の軽減、(4)リンケージアッセイによる完全長ベクターの検出、など多くのメリットによりバリデーションプロセスで活用されています。これらのメリットをアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターゲノム定量の工程を通してご紹介するとともに、現在AAVベクター開発者が直面している課題トップ5にも言及いたします。


 
1.細胞・遺伝子治療の品質管理・バリデーションプロセスの重要性
 2010年代、ヨーロッパや米国にて承認された細胞・遺伝子治療関連製品はその治療効果が大いに評価され、多くのベンチャー企業や大手製薬企業の研究を加速させ、現在は100を優に超える製品が世界中で開発されるモダリティーに成長しました。しかし、2021年初頭、bluebird bio社の遺伝子治療製品臨床試験中に2名の患者ががんを発症し、臨床試験は中断を余儀なくされ、一時的にbluebird bio社の株価は急落、同様の治療法を開発していた他のバイオファーマ企業の株価も急落しました。調査の結果、遺伝子治療ががんを引き起こす可能性は低いと結論づけられましたが、この経験は投資家や一般の方々の遺伝子治療や細胞治療の安全性についての考え方をより慎重にさせたかもしれません。このように細胞治療や遺伝子治療は、将来性があるとはいえ非常にデリケートな分野であることがわかります。信頼を確立し、これらの治療法を最大限に成功させるためには、常に徹底した品質管理やバリデーションプロセスが求められます。微生物やエンドトキシンなどの汚染物質の混入、ベクターの生産性、純度や生物活性など、成功と安全性の担保に高感度な解析ツールが必要となり、このプロセスにバイオ・ラッドのddPCRが広く活用されています。ddPCRは核酸の絶対的な定量を可能にする、現在利用可能な最も感度の高い品質管理ツールの一つです。それではddPCRを用いたAAVベクターゲノム定量の工程を通して、そのメリットを確認したいと思います。


2.ddPCRを用いたAAVベクターゲノム定量のメリット
 ddPCRはDNAポリメラーゼ、プライマーを用いてDNA増幅を行い、Taqの5’→ 3’エキソヌクレアーゼ活性によるプローブ蛍光色素のクエンチャーからの乖離により得られる蛍光強度を測定して結果を得るという一連の手法においては、一般的なリアルタイムPCR(qPCR)と特に異なる点はありません。しかし、qPCRはチューブ内でのバルク(一括)反応によるサンプル増幅により増幅曲線を得るのに対し、ddPCRではサンプルをPCR前に20,000個の微小区画に分割してPCRを実行します。それぞれの微小区画は独立したPCRが行われるため、1サンプルチューブは約208枚の96プレートに分注され、それぞれのウェルで独立したPCRが行われる状態と同等になります。また、結果はエンドポイントアッセイとして評価され、ポジティブドロップレット(陽性微小区画)数を直接カウントする事で、サンプル中のターゲット遺伝子に関する絶対定量が行われます(図1)。

 その結果、(1) 検量線を必要としない再現性の高い結果(10%未満のCV)、(2)絶対定量による結果比較の容易さ、(3)エンドポイントアッセイによるPCR阻害物質からの影響の軽減(図2)、

 (4)リンケージアッセイによる完全長ベクターの検出1)等がddPCRの具体的メリットとして享受する事ができます。AAVのベクターゲノム定量では、毎回同じスタンダードを用意する事は非常に難しく、スタンダードがプラスミド等であればAAVとの構造の違いを評価する必要が生じます。またqPCRではプレート間の結果を厳密な意味で比較するのは容易ではありません。さらに精製工程からの阻害物質混入を考慮すると、できる限りPCR阻害耐性のある手法を用いることが安定した系の構築に役立ちます。最後に、それぞれ独立した微小区画への共陽性反応を評価する事により、目的遺伝子を搭載した完全長ベクターがどれだけ回収されているかを測定する事も可能です1)。これらのメリットにより、ddPCRはAAVベクターゲノム定量のためのアプリケーションとして世界中でご使用いただいております。

3.AAV開発者が直面しているトップ5の課題

 AAVは最も一般的に使用されているウイルスベクターの一つで、現在までに約250件の臨床試験が行われてきました(https://clinicaltrials.gov/)。しかし、そこにはまだ課題も多く存在します。ここでは、AAVを使用する遺伝子治療メーカーが気をつけなければならない5つの課題を紹介します。

ベクター濃度の低さ
遺伝子治療を効果的かつ安全に行うためには、リコンビナントAAV(rAAV)の各バッチが一定のベクター濃度に達する必要があります。遺伝子治療では細胞あたり最大100兆個のベクターコピー濃度が必要となり、その結果、ウイルスを100倍から1万倍に濃縮する必要があります3)。よって、ベクターの効率的な濃縮と、さらに濃縮されてしまう不純物の除去および検出が重要となります。
 
空のキャプシド
rAAVのキャプシド目的の遺伝子配列を導入するプロセスは非効率的で、多くの場合、空のウイルスベクターが発生します。これらの空のベクターはバッチの最大90%を占めることもあり、治療の効果を低下させ、患者への投与量を増加させます2), 3)。また抗原性を高めるリスクも考慮に入れると、製造中に空のキャプシドを除去し、その後の品質管理試験で空のキャプシドのレベルが低いことを確認する必要があります。

がん化した宿主細胞のDNA
rAAVベクターの培養に使用される細胞株には、最終的な遺伝子治療製品に混入する可能性のある発がん性DNA配列が含まれている可能性があります。腫瘍細胞株を使用してベクターを産生する場合、精製時に残留するDNAを可能な限り減らし、ベクターにがん遺伝子が含まれていない事を検査する必要があります。宿主細胞のDNAを含むベクターでは、これらのDNA断片を中和することはほぼ不可能です3)。そのためメーカーはこれらのベクターのがんを引き起こす可能性を調べるために、特定のテストを行う必要があります。

免疫原性タンパク質の不純物
研究者たちは一般的に、rAAVは他のウイルスベクターに比べて免疫原性が低いと考えています。しかし、キャプシドタンパク自体は最終的に治療効果を低下させるような反応を誘発する可能性があります5)。ウイルスに対する自然応答に加えて、多くの人がすでにAAVにさらされているため、AAVに対する適応免疫応答がすでに生じている可能性があります5), 6)

細胞からのrAAVの採取
様々な理由によりrAAVを宿主細胞から精製することは困難であり、製造プロセスに時間とコストがかかることがあります。rAAVのキャプシドが宿主細胞内に留まることが多いため、遺伝子治療の開発者は細胞を破壊してキャプシドを取り出し精製する必要があります。細胞を破壊するための方法によっては、さらに不純物が放出される可能性もあります。また、rAAV粒子が細胞膜や宿主細胞内の他の不純物に付着することで、rAAVの収量が低下し、不純物の濃度が高くなることもあります。これらの余分な不純物はフィルターを詰まらせ、さらなる精製の課題が懸念されます4)

結語

rAAVベクターを商業規模で精製するために必要な多くの技術が存在します。しかし、純度や安全性などの特定の懸念事項に対応する明確なガイドラインはほとんどないため、メーカーは自ら試験方法を作成しなければなりません。そのためメーカーは高品質な製品を確実に製造するために、製造工程の各段階でウイルスの特性を評価する信頼性の高い方法を必要としています。ddPCR技術は遺伝子治療開発の品質管理の多くの側面をサポートするために必要な精度を提供しています。
 

References
1) Birei F et al., Human Gene Ther 30, 127-136 (2019) 

2) Grieger JC et al., Mol Ther 24, 287–297 (2016). 

3) Hebben M., Cell Gene Ther Insights 4, 131–146 (2018).

4) Hernandez Bort J., Challenges in the downstream process of gene therapy products. Amer Pharm Rev. https://www.americanpharmaceuticalreview.com/Featured-Articles/362178-Challenges-in-the-Downstream-Process-of-Gene-Therapy-Products/ , accessed November 9, 2020.

5) Naso M et al., BioDrugs 31, 317–334 (2017).

6) Ronzitti G, et al., Front Immunol 11, 670 (2020).
 


 コーディネータープロフィール

   小出 哲司
   理科研株式会社 戦略営業部 部長
 

2002年に理研ベンチャー、
株式会社インプランタイノベーションズ取締役を歴任。
2007年より理科研株式会社に入社。2013年より戦略営業部の部長に就任。新規事業開発及び、企業戦略を立案実行。2017年4月より取締役執行役員に就任し現職。顧客の企業価値を高めるための事業推進ドライバーの創出を一貫して推進している。
 
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TEL:03-3815-8951 FAX:03-3818-3186
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URL:https://www.rikaken.co.jp/

 


著者プロフィール

  益子 正澄 
   バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社
   ライフサイエンス マーケティング部
   シニアプロダクトマネージャー
 

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<お問い合わせ連絡先>
バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社 ライフサイエンス
TEL: 03-6361-7001-
E-MAIL: life_mkt_jp@bio-rad.com
URL: https://www.bio-rad.com/
以上

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