医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第7回】

2020/07/17 医療機器

 新型コロナ感染症対策として発出されていた緊急事態宣言が解除され、徐々に日常生活を取り戻しつつある日本ですが、株価は日銀の莫大な下支えのもと、思ったほどは下がらない一方で、実体経済については、いよいよ傷の深さが見え隠れするようになってきているように感じます。感染症拡大懸念と生活破綻懸念のバランスという、比較しにくいけれどせざるを得ない中、なんとかwith コロナの日常が、以前に近い生活ができるレベルまで戻り、バランスが取れて欲しいと願っております。

 さて、今月は、改正国内通知の基本的考え方の中で、毒性学的リスク評価においてTTCという概念が新しく追記されました。今回は、このTTCについて概説したいと思います。直ちに医療機器の生物学的安全性評価に導入できるものではありませんが、将来的には応用が考えられるもので、知っておいて損はない考え方です。

 TTCはToxicological Threshold Concernの頭文字をとった略です。日本語にすると、「毒性学的懸念の閾値」と意味がわかりにくいのですが、毒性学的に意味のある閾値ということでしょうか。基本的考え方の中には、「製品の主体以外の化学物質で、意図する/しないに関わらず製品に存在する全ての化学物質を対象として、その閾値未満であればヒトへの健康に明らかなリスクを示さないとされる暴露閾値のことである。」とあります。
 なかなか理解し難い概念かと思います。以前に用量-反応関係のお話をいたしました(第4回)。閾値がある反応と、そうでない反応等のことです。この中で特に閾値がないとされる遺伝毒性に関して、ごくごく微量であれば、その内容を問わず、毒性学的な懸念が無視できるという比較的新しい考え方が生まれ、欧州において、医薬品不純物のリスク評価において発展してきました。もとになっているのは、実質安全量(Virtually Safe Dose, VSD)という考え方で、生涯に対象物質に起因するがんの発生確率が10万分の1あるいは100万分の1というような低い確率となる暴露量であれば許容するというものです。つまり、その程度の量がTTCに相当すると理解いただくとよろしいかと思います。もちろん、発がん性の強さは物質によって異なりますので、例外を除いたおおよその物質に対する概念です。
 ヨーロッパの欧州医薬品審査庁(European Medical Agency, EMEA)では、遺伝毒性を有する医薬品中の不純物の取り扱いに関するガイドラインを発出し、TTCに基づいて、毒性が既知でないものを除いて、TTCを1.5 µg/ヒト/dayとして評価することを推奨しています。医薬品では、不純物を同定し、その化学構造を解析して、遺伝毒性に関する毒性評価を行ってきたのですが、あまりにも低レベルであるなら、そのようなことまでしなくてもリスクは無視できるという考えです。
 様々な化学物質のデータベースを用いて発がん性と非発がん性の毒性試験(神経毒性、免疫毒性、発生毒性など)のエンドポイントを評価し、発がん性のエンドポイントから求めた1.5 µg/ヒト/dayが、非発がん性エンドポイントより低値であるため、TTCを1.5 µg/ヒト/日とすることで、非発がんエンドポイントも含め、リスクは伴わないと結論されています。なお、発がんのエンドポイントは、生涯リスクレベル10万分の1を超えないことが目安とされたようです(食事中に含まれる低レベルの発がん物質については100万分の1としています)。乱暴な比較ですが、このくらいのレベルになりますと、日本人の生涯のがん死のリスクは、男性24%(4人に1人)、女性15%(7人に1人)とされていますので、10万分の1のリスクが増えたとしても、さしたる影響がないことがお分かりいただけるかと思います。

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執筆者について

勝田 真一

経歴 一般財団法人日本食品分析センター 理事
1986年財団に入所し、医療機器、医薬品、食品、化粧品及び生活関連物資等の生物学的安全性評価に従事。1997年佐々木研究所研究生として毒性病理学及び発癌病理学研究に携わる。1999年東京農工大学農学部獣医学科産学共同研究員として生殖内分泌学研究。日本毒性病理学会評議員、ISO/TC194国内委員会、ISO/TC194 WG10 Technical ExpertやJIS関連の委員などを歴任。財団では薬事安全性部門を主管し、GMPやGLP対応を主導。情報システム部門担当を歴任。大阪彩都研究所長を経て現在北海道千歳研究所長。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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