医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第39回】

2023/03/24 医療機器

発がん性の閾値について。

発がん性の閾値

 発がん性や遺伝毒性について、閾値が設定できないので、含まれている=排除すべき対象とまで散々述べてきたにも関わらず、「発がん性の閾値の話をするのかい。」と思われる方があるかもしれません。前言撤回という訳ではないのですが、ごく微量なら無視できるという考え方が近年は確立されてきましたので、今回は発がん性の閾値について紹介させていただきます。

 TTCという概念をご存じでしょうか。Toxicological Threshold Concernの略で、毒性学的懸念の閾値とでも訳すのかと思いますが、これまで閾値がないとされていた遺伝毒性発がん性物質についても閾値を考えようという概念です。
 古くは、デラニー条項と言って、1958年に米国でジェームス・デラニー元下院議員が提唱し、制定されたものがあります。これは、「いかなる量であっても発がん物質を含む物質を食品に使用してはならない。」とされました。これにより、動物実験で発がん性を示した物質は食品への使用は禁止されることとなったのですが、動物への過剰投与による実験ではビタミンでも発がんを生じますので、後の1982年にFDAは、「食品添加物については、食品添加物の成分として微量の発がん物質が含まれる場合でも、その使用方法による発がん性が認められない場合には、食品添加物としての使用が許可される。」と修正されました。そして、1996年には、ゼロリスクを前提としたデラニー条項は実質的に無効となっています。ただ、遺伝毒性があり、発がん性試験で陽性となった物質は今でもほとんどのものが社会から排除されますので、ゼロリスクの概念は根強いのですが、以前にもお話したとおり、遺伝毒性試験でも反応がなくなる濃度(閾値)は存在しますし、発がん性試験でも閾値はあります。
 このような背景で、検討され概念として提唱されたのがTTCです。
 これは、有害物質の残留や医薬品などの不純物で遺伝毒性がある物質が混入している場合でも、非常に少量であれば、遺伝毒性を含めて毒性学的な懸念はないとする考え方です。化学物質のデータベースを用いて発がん性と非発がん性の毒性試験(神経毒性、免疫毒性、発生毒性など)のエンドポイントが評価されたのですが、発がん性のエンドポイントが最も低く、これより計算された、1.5 µg/ヒト/day以下であれば、許容しようとするものです。発がん性のエンドポイントと言っても意味不明ですが、ヒトの生涯リスクレベルとして、100万分の1を超えないことがエンドポイントの目安です。つまり、ある化学物質を摂取した際に一生の間にがんに罹患するヒトが100万人に1人以下の量だったら、他の要因でがんになるリスクもいろいろあるので、これくらいは許容してもよいだろうという考えです。
 このような考え方をもとに、まずはヨーロッパの欧州医薬品審査庁(European Medical Agency, EMEA)が、遺伝毒性を有する医薬品中の不純物の取り扱いに関するガイドラインを発出し、TTCに基づいて、毒性が既知でないものを除いて、TTCを1.5 µg/ヒト/dayとして評価することを推奨しました。TTCに基づく医薬品中の不純物の許容濃度は以下の式で求められます。

 許容濃度(ppm) = TTC (µg/ヒト/day)/1日投与量(g/ヒト/day)
 

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執筆者について

勝田 真一

経歴 一般財団法人日本食品分析センター 理事
1986年財団に入所し、医療機器、医薬品、食品、化粧品及び生活関連物資等の生物学的安全性評価に従事。1997年佐々木研究所研究生として毒性病理学及び発癌病理学研究に携わる。1999年東京農工大学農学部獣医学科産学共同研究員として生殖内分泌学研究。日本毒性病理学会評議員、ISO/TC194国内委員会、ISO/TC194 WG10 Technical ExpertやJIS関連の委員などを歴任。財団では薬事安全性部門を主管し、GMPやGLP対応を主導。情報システム部門担当を歴任。大阪彩都研究所長を経て現在北海道千歳研究所長。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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