新技術最前線 新薬開発を目指す人へ【第8回】
話題の3次元培養、3Dバイオプリンティング技術でどこまでできる?
後編:『3Dバイオプリンティングの応用~方法別の使い分けと今後の展望』
抄録
2013年3月にEUでは動物実験を用いて開発された化粧品の販売が全面禁止となりました。日本国内でも2006年の法改正により「動物の愛護及び管理に関する法律」に動物実験の大原則である3Rの原則(Replacement:代替、Reduction:削減、Refinement:改善)が盛り込まれています。研究分野においても、一般財団法人日本実験動物代替法学会が2022年11月2日に当学会による代替法を研究するための研究助成金応募要項をホームページに掲載するなど、積極的な取組みが見受けられます。今回は、その課題を解消できる可能性が高い3Dバイオプリンティング技術に関する投稿です。動物実験からの代替というだけでなく、3Dバイオプリンティング技術だからこそ実現できる3次元培養モデルと実験プロトコルを惜しみなくご紹介させていただきます。CSRという「企業の社会的責任」の実現に留まらず、CSVという自社の強みを生かした「社会との共有価値」を生み出すため一助になれることを心より願っております。
4、がん研究、創薬領域での活用
当社セルインクの製品は、現在日本国内でも、大学や研究機関において80台以上の納入実績がありますが、がん研究や創薬といった分野が主流の一つです。3次元培養で作製した組織モデルに薬剤等を添加して反応を見るといった研究が多く、細胞レベルで微小環境をいかに模倣できるかが重要と考えられています。
実際にヒトの体内では、薬剤ががん細胞に届くまでにはたくさんの障壁があるので、2次元培養での試験結果は実際の薬効を評価するには十分でないとされているケースもあります。3次元培養の細胞で検証すれば、臨床実験の前段階でよりヒトに近い結果が得られることを検証した論文も多く、3Dバイオプリンティングの有用性が立証されています。
プリントした「ヒトの細胞からなる組織モデル」は、創薬の現場などで、動物実験で評価しきれないヒト細胞の挙動を見るために使用されています。将来的には、個別化医療にも役立つことが期待されており、患者のスキャンデータをもとに、患部にピッタリ合うピースをバイオプリントできる時代が来ると考えています。
5、押出式プリンタBIO Xシリーズ
BIO Xシリーズは、バイオインクを空気圧などで押し出して3Dモデルを作製する『押出式』と呼ばれるバイオ3Dプリンタです。中でもBIO X6ではプリントヘッド(インクを押し出す部分)が6本あり、これらが入れ替わり立ち替わりマテリアルを押し出していくことで、多層構造(例:真皮や表皮の層からなる皮膚モデル)や、共培養モデル(例:健常細胞とがん細胞を隣り合わせて配置したもの)を作ることができます。他にも、ただ重ねてプリントするだけでなく、細胞、オルガノイド、血管を模したチャネル構造からなるモデルの作製など、様々なプリンティングが可能です。
身近なもので例えると、三色餅のような層状パターンの他に、マトリョーシカのような入れ子構造や、左右で違う構造といったものを作ることができます。思い通りにデザインした組織モデルの中で、細胞の増殖や、幹細胞の分化誘導、また細胞同士のコミュニケーションを見ることが可能になります。
また、プリントヘッドとプリントベッド(プリントステージ)はいずれも、冷却と加熱が可能ですので、温度に敏感なコラーゲンやゼラチンなども扱えます。また、生分解性プラスチックを加熱して造形ができるので、例えばフレームのような構造を作り、中に柔らかいものを入れるといったもの(液体が漏れないためのバケツや容器をつくるイメージ)も作製することが可能です。その他、細胞ごとに適した硬さの足場を提供したり、骨や軟骨に関する研究にも使われています。
6、光造形式プリンタBIONOVA X
BIONOVA Xは、バイオマテリアルに光照射を行いゲル化させることで、組織モデルを作製する『光造形式』を採用したバイオ3Dプリンタです。内蔵のプロジェクターから投影されたパターンどおりにマテリアルがゲル化されるので、複雑な細部を高い分解能で再現でき、血管を模したマイクロ流路などの作製に適しています。
また、血液だけでなく、汗や尿、リンパ液などが流れる生体の器官を、細胞を含んだマイクロ流路で再現することで、実験や評価などに用いることができます。3次元の組織モデルが分厚い場合、血管構造が無いと酸素や栄養が共有されず細胞死を引き起こしてしまいます。代謝による老廃物も発生するので、内部に流路を作ることで細胞の生育に好ましい環境を保つ工夫もあります。
マイクロ流路内に血管内皮細胞などを播種し、培地を流しながら培養したり、薬剤を添加して評価を行う研究もあります。立体的に入り組んだ流路も簡単に作れるので、多様なニーズに対応しています。
マイクロ流路は物理などの分野でもよく使われており、手作りしている研究者も多くいらっしゃるようです。その多くが鋳型を使われているようですが、設備や技術も必要ですし、手間とコストがかかります。また細胞によって適するマテリアルや柔らかさといった条件は異なりますので、従来の方法で使用されるマテリアルは適さない場合があります。BIONOVA Xの光造形技術は、微細な流路を柔らかさの異なるバイオマテリアルで作れるといった特徴があるので、生体の柔らかさに似せた組織モデルの作製も行われています。
生体内の環境を再現することに興味はあっても、実際に作るのは難しいと考えられる研究者は少なくないかもしれませんが、3Dバイオプリンティング技術でその実現が可能になります。既に確立された実験系を使う意義もあるかと思われますが、まずは2次元の実験と併用から試しに使ってみてはいかがでしょうか。
3Dバイオプリンティングは、複雑なモデルの作製だけでなく、シンプルなモデルにも活用されています。例えばバイオインクを小さな液滴(ドロップレット)として押し出すことで、細胞入りのビーズを作製したり、細胞治療などを想定したモデルが作製できます。現在の研究を3次元化して、培養環境や条件を自在に変えられるメリットは非常に大きく、そこからより複雑なモデルに発展させることで、新たな実験系の確立や研究の加速に繋がることが期待されます。
3Dバイオプリンティングのもう一つのメリットは、同じ構造を連続かつ正確に作れる点で、ピペッティングなどの手作業によるばらつきも回避できます。また当社のバイオ3Dプリンタは、研究室での過酷なマニュアル操作、単調な手技などをできるだけ減らしていきたいという思いから生まれた技術でもあります。分注から組織モデルの作製といった、幅広い作業をバイオ3Dプリンタで自動化できる点を活かして、ラボのオートメーション化に少しでも貢献したいと考えています。それにより、これまで作業にとられていた時間を有効活用し、より大切なことに時間を使っていただきたいと思います。
バイオ3Dプリンタといえば、高価で操作も難しいのでは、というイメージもありましたが、当社はその障壁を取り払って3Dバイオプリンティングの普及に努めてきました。装置は基本的な機能を持つエントリーモデルから、複雑なことに対応できるハイエンドモデルまで取りそろえ、導入コストを含めユーザーに合わせた最適な提案をしています。また、各ユーザーが作製・調整したマテリアルも制約なく自由に使っていただけますので、すでに行われている実験プロセスにも導入しやすく、細胞と接するノズルやシリンジなどの消耗品は必要になりますが、装置は基本的にメンテナンスフリーですので、ランニングコストのご心配もありません。
3Dバイオプリンティングという新しい技術は、納品して終わりではなく、活用していただくための様々なノウハウが必要になるため、当社は日本法人を京都に設置しており、スウェーデンの本社とも連携を取りながら、研究者の皆様が安心して使っていただくためのサポート体制を整えております。また、当社のバイオ3Dプリンタは、現場の研究者から得たフィードバックや、グローバル規模で得た知見を元に、使いやすさと実用性を日々アップデートしています。
3Dバイオプリンティング関連論文からの引用数も2020年には1,400件以上と年々増えており、実際に使ってみた方からは「思っていたよりずっと使いやすい」という声をいただいております。
7、3Dバイオプリンティングがもたらす未来
動物実験からの脱却という時代の流れから、化粧品業界ではヒトの皮膚の3Dモデルなどへの移行が進んでいます。国内のみならず海外でも皮膚関連の需要は高く、大手化粧品メーカーでも当社のプリンタをご導入いただいております。また、製薬業界においても、特に海外では動物実験撤廃の動きが進んでおり、3Dバイオプリンティングは時代に即した技術としてご導入頂くケースが国内でも増えてきました。こういった動向は、動物の犠牲を減らすだけでなく、動物による評価ではなく、ヒトの組織を模倣したモデルを使用することで、医薬品開発の成功率を高め、プロセスを短縮する可能性があります。
3Dバイオプリンティングは、再生医療や創薬といった分野との親和性が高く普及が進んでいますが、病気の原因解明、新たな治療薬の開発、薬や化粧品の安全性・毒性評価といった研究への展開も期待されています。
また、ハイドロゲルを使った3D造形技術は応用できる分野が広いため、ソフトロボティクスなどの工学系の研究や、材料開発等でも幅広く使われています。研究現場は、常にトライ&エラーの繰り返しになるので、目的に合わせたモデルの改良や最適化がしやすいという利点が活かされています。3Dバイオプリンティングの技術は日々進歩しておりますが、その使用は想像される以上にハードルを低くすることが出来ています。今取り組まれている研究が3次元でできる可能性があれば、一度お試しになり、取り入れられてはいかがでしょうか。3Dバイオプリンティングが研究の新しい扉を開くきっかけになることを期待しています。
文献(Web サイトを含む)
図3 肺がんアセンブロイドの3Dバイオプリントモデル
https://www.cellink.com/application-note-a-3d-bioprinted-model-of-multicellular-lung-cancer-assembloids/
図4 2次元培養と3次元バイオプリントした腫瘍モデルにおける薬物応答の比較
https://www.cellink.com/application-note-comparing-drug-response-in-2d-cultures-and-3d-bioprinted-tumoroids/
図8 領域ごとに硬さが異なる肝臓模倣モデルの3Dバイオプリンティング
https://www.cellink.com/application-notes/3d-bioprinting-of-liver-mimetic-models-with-regionally-varied-stiffness/
図10 真皮線維芽細胞を用いた3Dバイオプリンティング皮膚モデル
https://www.cellink.com/application-note-bioprinting-skin-tissue-models-using-primary-dermal/
コーディネータープロフィール
小出 哲司
理科研株式会社 戦略営業本部 本部長
2002年に理研ベンチャー、株式会社インプランタイノベーションズ取締役を歴任。
2007年より理科研株式会社に入社。2013年より戦略営業部の部長に就任。新規事業開発及び、企業戦略を立案実行。2021年8月より取締役常務執行役員に就任し現職。顧客の企業価値を高めるための事業推進ドライバーの創出を一貫して推進している。
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理科研株式会社
~RIKAKENは世界からの最新商品や技術を研究者に提供~
理科研は医療、医薬、農業、食品等の先進科学に関わる製品や技術を研究者に提供する専門商社です。ライフサイエンスをはじめとする様々な研究をトータルでサポートし、多様なニーズに応えています。
『先端科学の情報発信源』を目指し、ライフサイエンスの発展に寄与する会社です。
<お問い合わせ連絡先>
理科研株式会社 東京本社 戦略営業本部 小出
TEL:03-3815-8951 FAX:03-3818-3186
E-MALE:koide-t@rikaken.co.jp
URL:https://www.rikaken.co.jp/
著者プロフィール
大沢 美由紀
セルインク株式会社 マーケティングアソシエイト
米国テキサス州立ヒューストン大学を卒業後、市場調査会社に勤務。その後、医療機器メーカーで、営業・マーケティングに従事。2021年4月から現職で、日本と韓国のマーケティングを担当。
淺田 遼
セルインク株式会社 アプリケーションスペシャリスト
筑波大学大学院 生命環境科学研究科で博士(学術)を取得。2019年4月から現職で、3Dバイオプリンティングの導入および運用における、学術・技術サポートを担当。
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セルインク株式会社
設立年月:2020年2月
代表者 :ポール・エリック・ガーテンホルム
所在地 :〒602-0841 京都府京都市上京区河原町通今出川下る梶井町448-5 クリエイションコア京都御車302
主な事業:3Dバイオプリンタの販売、および評価実験プロトコルに関する研究開発・支援
<お問い合わせ連絡先>セルインク株式会社
TEL:075-746-3032
E-mail:japan@cellink.com
URL:https://www.cellink.com/jp
以上
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