理系人材のための美術館のススメ【第6回】

2022/11/11 その他

散歩とリアルとオンライン。

第6回「散歩とリアルとオンライン」

 美術館にあまり足を運ばない方向け、「理系業界に美術館のご利用をプッシュしてみよう」という本コラム。
 このコラムでは、どこの国のどんなものでも、およそ検索すればブラウザ画面の向こう側に姿を確認できるこんな時代に「散歩して絵を見にいこうよ」…などと、アナログの極致のようなことを言っているわけですが、今やコロナ禍が推進したオンライン上の多岐にわたるシステムが、オンライン美術館なんてものさえ提供してくれる世の中です。
 わざわざ散歩して、バス代やら電車賃払って、時間を使って少し疲れて、それで私たちの目に映るものは、ブラウザ越しのそれとどれほど違うんだろう。今回するのは、そんなデジタルとリアルの話です(昭和脳のデジタル拒否話ではありません)。

【さんざんやった、リアルではない逢瀬】
 新型コロナに端を発して、半ばなし崩し的に社会で広まったあの「オンライン」。この三年弱の間、仕事であれ買い物であれ、食事であれ飲み会であれ、ただの一度もオンラインの恩恵にあずからなかった!…という方はまずいないでしょう。けっこうなんとかなるもんだなと誰もが一度は思ったでしょうし、制限自体はだいぶ過ぎ去りましたが、実際に会わなくても、触らなくても、外に出なくても、しゃべらなくても大丈夫よ!というシステムは今も健在です。
 あの最中、ほぼ閉ざされてしまった美術館もまた、それまでの美術品のデジタルアーカイブをもう一歩進め、オンラインでの鑑賞を検討してくれていました。
 たとえばオンライン用のコンテンツを作成、拡充したり、アーカイブが一般の人に利用されやすいようUIが考え直されたり、展示室自体を360度撮影して閲覧できるようにし、バーチャルな展示というものを検討したりと、他の様々な業界と同様、いろんなことが考えられたわけですよ。今や国宝は、がっつり拡大してすべて詳細にオンラインで見ることが可能です。
 個人的に、これら様々な検討は、美術館が持つアカデミックな文化保持の意義から確実にひとつの成果を生んだと思っています。そもそもデジタル技術自体、これまでもどれほど芸術のアーカイブや修復に寄与してきたか考えるまでもありませんし、できることはまだまだある。そのための時間が一時もたらされたと思えば、ひとつの契機だったろう…と、
 …まあそういう肯定的な見方は、きっとよそ様がしているからいいとして(いいのか)、しかしですね、よくできてるからこそ、そのよくできたシステムのために、うかつにも訪問者が「オンラインで見られるならオンラインでいいんじゃね?」…なーんて損失レベルのことを言い出さないうちに待ってと言わなくちゃと思って! だって「会社行かなくていいんならそれでよくね?」とか「別に会わなくても商談できね?」とかは、もう人によっては成立しちゃってるわけですから(※私はいまいち未対応ですが…)。

【それを「作品」と呼んでいいか】
 美術館に行った際、大きな展示だと図録を買ってこられる方も多いと思います。お気に入り作品が複数あったりすれば、ポストカードよりはいいかなー重いけどー、…というアレです。ただちょっと考えて欲しいのですが、

 あの「図録」は、展示の図録であってけして「作品集」とは呼びません。
 
 著名な画家にはおよそカタログ・レゾネというものが編纂されています。これは当該作家の全作品について、図版だけでなくサイズ、制作した年や来歴などの情報、絵に関する論文までまとめられているものです。しかしやはり、全作品が載っていてすら目録であり図録にすぎません。印刷されたものは別に「作品」ではないのです。
 逆に漫画の原画展の場合、その展示されている原画が作品かというと、そうではありません。
見ごたえがいくらあってもそれは原稿です。作品は、印刷された本のほうです。全集、作品集、といろんな版で編まれますよね。漫画は印刷・製本を前提とし作成されます。原稿のベタフラより、印刷されたベタフラのほうがきれいじゃないですか?
文字でも絵でも、原稿は製本印刷が前提。ポスターも印刷と「掲示」を前提に作品を作ります。絵本のイラストは文字を添えてはじめて成立し、テキスタイルは布を染めてやっと作品になる。服飾は、着ることができない状態ではだめなのです。
 作品は、たとえどんな媒体を用いたどんなかたちであろうとも、結局作り手が差し出してきたかたちで受け取る他はありません。映像作品は、収録したDVD自体が作品であることもありますが、特定の環境、特定の条件で写し出した時のみ「作品」として出せる、というものもあります。この場合収録DVDは作品ではありません。
 そして過去の多くの美術品は、肉眼が前提です。
 あっちがそう言ってるんだから、こっちは謹んで会いに行くほかはないわけです。

【でもイラスト作品集はたくさん持ってます】
 とはいえ、あまたある「作品」が必ずしもブラウザ画面越しではだめかといえば、そんなことはないのです。昨今の初めからデジタルで作ったデジタル作品はもちろんのこと、印刷前提のイラストの他、ポップアートなんかもデジタルを介した鑑賞に馴染みがいいですね。生で見たところでなにが違うのかと言われれば、なにも違わない作品というのは多々あります(まあこの「完全なコピーができる」という条件についてはややこしいので、また今度。NFTの話は、あくまで作品でなくマーケットの話ですんで…)。
 いい画素数で撮影された画像データを、そこそこしっかりしたモニタにがっつり映せば、もうぱっと見では額縁と変わりません。老眼だから、とかでなくとも人間の目には判別不能な画像だってあるでしょう。そもそも版画作品のデジタルプリントはそうやって成り立っています。
 レゾネを介さなくとも、作家の名前さえあれば多くの情報をゲットでき、また、遠く離れた異国の美術館の雰囲気や、作品群の紹介に事細かに目を通せる。オンライン情報の恩恵というのはとてつもなく、こうなってくると「いやまあどうせそんなに目が肥えてるわけじゃなし、印刷だろうがポスターだろうがブラウザだろうが、大差があるとは…」という気になってくるのもやむなしです。ええ、やむなし。
 と、いうわけで最後のリアル推し要素、「オーラ」の話です。
 

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執筆者について

鮫島 葉月

経歴 一般社団法人免疫細胞療法実施研究会事務局、株式会社日本
バイオセラピー研究所 事業推進部部長
慶応義塾大学大学院医学研究科(修士)修了後、2008年株式会社セルシードに入社。再生医療に係る臨床用細胞加工物の開発および品質保証を担当し、当時の細胞培養加工施設の運用整備(GMP準拠)に携わる。2012年(株)日本バイオセラピー研究所に入社、再生医療関連法に同社を適応させ、特定細胞加工物の製造許可を取得。新規の製造施設設計と運用構築、文書策定等を行い、年間3000バッチ以上の特定細胞加工物を製造する細胞加工施設の施設管理責任者を担っている。
一般社団法人免疫細胞療法実施研究会においては、研究会事務局として、再生医療等を行おうとする医療機関向けに申請サポートデスクを運営。すでに200以上の計画策定を支援している。
また当該法人にはICTA特定認定再生医療等委員会を設置し、委員会事務局として再生医療等の審査対応を行っている。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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