ラボにおけるERESとCSV【第95回】

2022/11/04 施設・設備・エンジニアリング

望月 清

国内におけるデータインテグリティ観察所見を引き続き解説する。

FDA 483におけるデータインテグリティ指摘(65)


7.483における指摘(国内)
前回より引き続き、国内企業に対するFDA 483に記載されたデータインテグリティ観察所見(Observation)の概要を紹介する。

■ YYY社 2019/11/9 483(その1)
施設:製薬工場

今回紹介する483はFDAのInspection Classification Databaseに登録されていない。従って本483はPAI(承認前査察)において発出されたものではないかと推測している。このFDAデータベースの説明は前回連載の末尾を参照。

■Observation 1
①    HPLCにおいて手動積分がなされているが、手動積分前の原クロマトグラムが維持されていない
②    手動積分したことは記録されておらず承認もされていない
③    GMP作業の再構築に必要なデータが記録されていない
このようにテストされた薬剤が治験、加速安定性試験、長期安定性試験、および申請に使用されている。

★解説
まず、生データ、オリジナル・レコード、ダイナミック・レコード形式について説明する。

  • 生データ:
    • PIC/S GMP 第4章 文書化における定義
      • 品質判定に用いるすべてのデータ
    • GMP 事例集(2022年版)における定義
      • 最終結果を得るために使用した元となるデータ
      • 最終結果を得るに至った過程を含む記録
      • 最終結果を検証することができるもの
      • 例:波形電子ファイル、、、、計算や換算等の過程の記録
  • オリジナル・レコード:
    • 紙であろうが電子であろうが最初に捉えた情報
  • ダイナミック・レコード形式(動的記録形式)
    • データ処理、データ解析、データを拡大表示できるような記録の形式。例えば、電子的に維持されているクロマトグラムのオリジナル・レコードの形式

①「HPLCにおいて手動積分がなされているが、手動積分前の原クロマトグラムが維持されていない」について:

HPLCのオリジナル・レコード(最初に捉えた情報)はダイナミック・レコード形式(動的記録形式)の電子記録であり、この電子記録は生データであり維持が求められる。手動積分前の原クロマトグラムを設定もしくは操作方法により維持できないのであれば、このHPLCはGMPには適していないと判断せざるを得ない。

②「手動積分したことは記録されておらず承認もされていない」について:
「手動積分したことは記録されておらず」ということは、監査証跡機能がオフになっており監査証跡が機能していなかったのか、監査証跡機能がなかったかのどちらかであろうと推測する。いずれにせよ監査証跡が機能していないということは、鉛筆による手書き記録を消しゴムで消すようなものであり、GMPとしては容認できない。監査証跡が機能していないHPLCはGMP業務において使用すべきではない。

「承認もされていない」とのことであるが、電子署名機能が無かったのかもしれない。電子署名機能が無い場合はハイブリッド署名(電子記録に手書き署名)すればよい。

HPLCからプリントアウトされたクロマトチャートに手書き署名していることがよくある。生データはプリントアウトされたクロマトチャートではなく、HPLC中のダイナミック・レコード形式の電子記録である(電子生データ)。クロマトチャートへの手書き署名の対象は、プリントアウトされたクロマトチャートではなく、そのクロマトチャートと紐付けられたHPLC中のダイナミック・レコード形式の電子記録(電子生データ)である。このような電子記録への手書き署名をハイブリッド署名という。電子署名機能がないシステムにおいて電子記録に署名する場合、ハイブリッド署名を行う。

③「GMP作業の再構築に必要なデータが記録されていない」について:
ここでは、手動積分の操作が記録されていないことを指摘されていると思われる。監査証跡機能により操作を記録し、監査証跡を含む電子記録を生データとし、ロットごとのデータレビューにおいて監査証跡を含む電子生データをレビューすることが求められる。

■Observation 2
①    HPLC、GCのテストにおいて以下を規定していない。

  • 監査証跡機能をオンにする
  • 監査証跡の記録を維持する
  • 監査証跡の記録をレビュー

★解説
監査証跡機能のオンオフを設定できる機器をGMPで使用する場合、監査証跡機能をオンにしておかないとObservation 1②③のような指摘を受ける。機器の保守を行う場合に監査証跡をオフにし、保守作業終了にオンに戻すような運用を行う場合がある。その場合、監査証跡をオンに戻すのを忘れるリスクがある。従って、監査証跡機能のオンオフを設定できる機器を使用している場合、監査証跡機能がオンになっていることを保証する運用が重要である。では、どのように運用すれば監査証跡機能がオンになっていることを保証できるであろうか。定期的に監査証跡の設定を確認する運用が考えられるが追加作業となる。Observation 1③の解説に「ロットごとのデータレビューにおいて監査証跡を含む電子生データをレビューすることが求められる」と記載した。もしも監査証跡がオフになっていると、あるべき監査証跡が記録されていないことが監査証跡レビューにおいて発覚し、監査証跡がオフになっているのを検出できる。つまり、「ロットごとのデータレビューにおいて監査証跡を含む電子生データをレビュー」していれば、この定常作業において監査証跡オフを検出でき、追加の作業は不要ということになる。

なお、監査証跡を一旦オンにするとオフに戻せないようなシステムが増えつつあるように聞いている。
 

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執筆者について

望月 清

経歴 合同会社エクスプロ・アソシエイツ代表。
1973年山武ハネウエル株式会社(現アズビル)入社。分散型制御システム(DCS)を米国ハネウエル社と分担開発。2002年よりPart 11およびコンピュータ化システムバリデーションのコンサルテーションを大手製薬会社にご提供。2009年より微生物迅速測定装置の啓蒙普及に従事。2014年5月より現職。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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