医薬品製造事業関連の知財戦略【第7回】

2013/02/18 その他

稲場 均

17.特許戦略の対象
 知財戦略とは、いうまでもなく、知的財産を武器として敵と戦う方策のことですが、ここでは、取得した特許を活用して事業の展開を有利に導くことであり、事業上の競合相手が敵ということになります。特許を活用するということは、特許発明を一定期間、独占的に事業に利用することにほかなりませんが、独占的に実施することができる権利という観点からは、自分が実施できることだけでなく、他人には実施させないことも重要です。特許法では、「特許の効力」を「業としての実施を専有する」(68条)とした上で、独占的な実施権を侵害する者に対して「侵害の停止又は予防を請求することができる」(100条)、あるいは、侵害にあたる物や行為に対して、民法の「不法行為による損害賠償」の規定に加え、侵害行為の内容や損害額に関する詳細を規定して損害賠償を請求できるとしています(101条~106条)。特許侵害が疑われる場合、特許権者は、これらの法律に基づいて、訴訟によって侵害の成否や損害の程度を特許侵害が疑われる者(以下、便宜的に「侵害者」と略します)との間で争うことになります。
 
 医薬品産業においても、特許権の侵害を巡る訴訟が製薬企業間でたびたび争われています。製薬企業における特許侵害の係争は、概ね、研究開発から事業化後まで競合する主として先発薬について争われる場合と、同一医薬品として製造販売の段階でのみ競合するGE薬について争われる場合とに大別できますが、訴訟に至るケースは後者の場合が圧倒的に多くを占めています。前者においては、薬理作用、有効性、安全性など、長い開発期間を通して事実上のユーザーである医療関係者との学術的な交流が欠かせない開発過程を必要としているので開発競争の先後が事業化後の製品の市場性を決定づける場合が少なくなく、研究開発成果である知的財産権の競合というよりも研究開発の速度や優劣、知的財産権の取得の競争といえます。また、長い時間と莫大なコストを費やして漸く事業化した後に係争によって事業に支障を来すようなリスクを回避するために予め別技術の開発やライセンス交渉が行われるなど、係争に至る前に対策が講じられています。従って、訴訟に至るケースは少なくても、特許は、その役割を十分果たせていることになります。
 
 一方、後者では、GE薬としての承認を得るためには先発医薬品と同一の有効性や安全性が担保されていることが条件ですから、化学的にも技術的にも類似性が高く、特許を侵害していると推定され、訴訟に至るケースが多いと思われます。また、成功確率の低い医薬品の開発を継続していくためには、事業化できた医薬品自体に要したコストだけでなく、開発を断念せざるを得なかった多くの不成功品のコストを含めた回収が欠かせません。そこで、新薬の市場性をできるだけ安定的に維持するために、あるいは、薬価を維持していくために(現行の薬価制度ではGE薬の参入によって薬価が引き下げられることになっています)、GE薬参入への対応が知財戦略の大きな課題となっていることによって係争が多発するものと考えられます。

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執筆者について

稲場 均

経歴 千葉大学 医学部付属病院 臨床研究基盤整備推進委員会シーズ評価専門部会委員
持田製薬(株)にて中央研究所副部長、知的財産部長を歴任。千葉大学での特任教授を務め、2009年4月より現職。この間、2010年より日本製薬工業協会知的財産部長。2012年から2015年まで東京医科歯科大学客員教授を兼任。また日本知的財産協会の特許委員長、バイオテクノロジー委員長、常務理事、副理事長を務める。その他、特許庁:微生物寄託検討委員会委員、環境省:生物多様性条約名古屋議定書検討委員会委員、知的財産研究所:用途発明に関する調査研究委員会委員を歴任した。
現在の研究内容は『製薬企業の知財活用、医療分野の実用化促進に資する知財戦略の推進』である。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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