品質リスクマネジメントにおける主観性と形式

2023/11/17 その他関連情報

QRMに関するICH Q9 ガイドラインの改訂は、2023年1月にICHプロセスのステージ4に到達し、実施段階に入った。

QRMに関するICH Q9 ガイドラインの改訂は、2023年1月にICHプロセスのステージ4に到達し、実施段階に入った。この改訂は、従来から問題になっている「QRMの主観性」、「QRMのフォーマリティ」、「リスクベースの意思決定の不明確さ」に対処することが基本方針とされていた。ここで、フォーマリティを「形式性」とするのがいいのか「正式性」とするのがいいのか、どちらもしっくりとしないので、そのまま「フォーマリティ」とした。

2005年にICH Q9が導入されて以来、製薬業界も規制当局も、その内容の曖昧さに悩まされながらも、QRMを運用してきたのではないのでしょうか。ICH Q9の付録には、いくつかのQRMツール、例えば、欠陥モード影響解析(FMEA)、欠陥モード・影響・致命度解析(FMECA)、欠陥ツリー解析(FTA)、ハザード分析と重要管理ポイント(HACCP)、予備的危険有害性分析(PHA)等が記載され説明されているが、どのツールを採用しても、肝心なところに主観性が入り、客観的な意思決定ができないので、物足りなさや不安を感じたのは私だけではないと思います。このような状況下、今回のICH Q9の改訂には期待していたが、ツールに関する付録の部分は、まったく変わっていないので客観性が高まることは期待できません。

また、ICH Q9には、「QRMプロセスにかける労力やフォーマリティ、文書化のレベルは、リスクのレベルに見合っていること」と記載されているが、QRMにおけるフォーマリティが実務レベルで何を意味するかは明確ではなく、悩まされた方も多いことでしょう。この概念に対する理解不足は、比較的単純なGMP上の問題やリスクに対処するために、多大な資源を投入することにもなり、様々な弊害をもたらしていると思われます。

確かに、改訂ガイドラインの第5章には、フォーマリティや主観性に関する説明は増えているが、依然として抽象的であり、「QRMにおけるフォーマリティは、フォーマルかインフォーマルか、というような二元的な概念ではなく、さまざまな程度のフォーマリティが適用され、低いものから高いものまでの連続体と考えることができる」、「QRMにおけるフォーマリティは、利用できる知識を反映し、対処すべき問題の不確実性・重要性・複雑性のレベルに見合っていること」、「QRM活動にどの程度のフォーマリティを適用すべきかを決定する際、対象となるプロセスや対領域の不確実性・重要性・複雑性を考慮し、それらのレベルが高いほど、よりフォーマルなQRMアプローチが必要となる」等と記載されているだけである。QRMにおける「主観性」や「フォーマリティ」、「リスクベースの意思決定」についての記述は詳細にはなったが、リスクそのものを数値化することは難しいことが強調された結果になっている。

ただ、救いは、改訂ICH Q9には、低いフォーマリティのQRMの特徴として、QRMプロセスが独立した活動としてではなく自社の品質システムの要素の中に組み込まれた活動の中で対処され、いわゆるQRMツールが使用されていないこと、独立したQRM報告書が作成されず、品質システムの適切な部分に記録されていることなどが挙げられている。

これに従うと、我々が医薬品を開発し、例えば、工程管理の管理幅を決定するなかで、管理幅の逸脱が品質にどのように影響するかについてはよく検討し、その結果は開発レポートに詳細に反映させ、さらにクオリフィケーションやバリデーションを通じてその妥当性を確認している。また、日常的な製造プロセス作業の中で起こる逸脱や品質苦情などに対処するため、是正措置・予防措置(CAPA)を実施している。これらの我々が慣れ親しんだ活動も立派なQRM活動であり、製造に伴う殆どの品質リスクは品質システムの中で、すでに対処されていると考えてもよいことになる。

従って、高いフォーマリティのQRMを実施しなければならないような例として、例えば、まったく新しいプロセスで医薬品を製造する場合などが考えられるが、それ以外の場合は、既存の医薬品品質システムの中で処理すれば十分であると考えられ、社内の品質システムにQRMを統合して運用すれば、ほとんどの製薬企業には、フォーマリティの高いQRMは実施する機会がないと考えてよいのではないでしょうか。

我々は、真剣に医薬品の品質向上に努力している。コロナ禍にあって、メッセンジャーRNAワクチンの使用をめぐって、厚労省はどのようなリスクマネジメントを実施して、まったく新しいワクチンを国民に接種することに決定したのか、その詳細を公開していただければ、我々も、高いフォーマリティのQRMを実施すべき状況や運用方法を理解できるかも知れません。

最後に、この改訂への理解を深めるために、ICHは、この基本方針や背景、目的、パブリックコメントの結果や実施にあたってのガイドラインを解説したスライド( ICH website)を公開している。「リスクレビュー」について追加説明が必要であるとされているが、この改訂版には説明がなく、現在作成中のトレーニング教材でフォローされるとのこと。ICH Q9の改訂版は、現在作成中のトレーニング教材と併せて読む必要があることが強調されているが、効果があるかどうかは疑問ではある。

私としては、殆どの品質リスクは、医薬品品質システムの中で対処できると信じているので、「どのような状況でフォーマリティの高いQRMを実施すべきなのか」だけを明確にしていただきたいと思っています。

 

以上

 

 

執筆者について

中尾 明夫

経歴

株式会社シーエムプラス フェロー。
GMP Platform責任者。
1976年田辺製薬(株)入社。有機合成化学研究、プロセス化学(工業化)研究に従事後、品質保証部長、取締役生産本部長、常務取締役経営企画部長を歴任、合併後、田辺三菱製薬(株)常務執行役員製薬本部長。
FDA査察対応やPDA活動を通じ、「GMPはサイエンス」と確信。GMP教育の洗練化を目指す(株)シーエムプラスの企業理念に共感し、2011年(株)シーエムプラスに入社、2012年5月取締役副社長就任。2018年4月より現職。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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