化粧品研究者が語る界面活性剤と乳化のはなし【第15回】

2023/06/02 化粧品

化粧品その他

「魔法の粉」と「魔法の滴」で合一を防ぐ???

「魔法の粉」と「魔法の滴」で合一を防ぐ??? 

 前回は、エマルション中の液滴の合一を防ぐためのテクニックを紹介しました。最適な界面活性剤を選んで系を不安定化する水相と油相の間の界面張力をなるべく低くするとともに、界面膜を固くしてブラウン運動しながら漂っている液滴が衝突しても壊れないくらい強度を高める・・・。直接眼で見ることの出来ないミクロの世界といえども、モノが壊れないようにするためにまずしなければならない仕掛けは、われわれが手に取ってみることの出来るマクロな世界と同じだったりするのでした。

 今回はエマルションならではの、界面の状態を一変することができる「魔法の粉」と「魔法の滴」をご紹介します。

 「魔法の粉」と「魔法の滴」なんていうと、もくもく煙でも吐き出す特別な薬でも登場するように思われるかもしれませんが、実は「塩」と「グリセリン」なのです。ここでいう「塩」としては入浴剤にも配合される硫酸マグネシウム、いわゆる「にがり」として知られる塩化マグネシウム、食用塩にも含まれる塩化カリウム、「グリセリン」はいうまでもなくもっとも頻繁に用いられる保湿剤で、本当になんてことはない化粧品原料なのですが、これらの成分をほんの少し配合するとエマルションの中の液滴が一気に細か~くなって、長持ちするようになるのです。かくいう私にとっても「硫酸マグネシウム」はいわば常備薬のような状況で、油の中に水滴が分散したW/O型のスキンケアやメイクアップ化粧料を調製する時のために、つねに実験台の引き出しにストックしていたものでした。

 「塩」と「グリセリン」でエマルションの液滴を細かく、安定化する技、はっきりとはしませんが、おそらくかなり昔から使われていたのではないかと思われます・・・。なにしろどれも化粧品だけでなく食品や医薬品にはるか昔から利用されてきた定番のアイテムですし、人体への危険性も低く、しかもそんなに高くない!悪いところが見つかりません。

 しかし、なぜ「塩」だの「グリセリン」だので液滴の合一を防いでエマルションを安定化することができるのでしょうか?この問題はそんなに簡単な問題ではありません。前回紹介した界面活性剤や油脂と違って、これらの分子は水溶性が高いために、水と油が接する界面に吸着することはほとんどなく、水の中にすっと溶けてばらばらになってしまうのです。これでは、界面膜を強固にして衝突の衝撃から守ることはできそうにありません。

 この問題にがっつりと取り組んで、一つの回答を出したのは花王(株)の研究者たちでした。花王(株)は日用品や化粧品の会社として知られていますが、エマルションを調製する上で不可欠の界面活性剤を世界中に販売する大手のサプライヤーとしての一面も持っており、界面活性剤・エマルションに関するいわゆる界面化学について緻密に調べるのが大好きな研究者がたくさん在籍されていたのでした。

 

 

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執筆者について

野々村 美宗

経歴

山形大学 学術研究院化学・バイオ工学分野 教授 博士(工学)
花王株式会社において化粧料および身体洗浄料の商品開発に従事した後、山形大学に赴任。2017年より現職。専門は物理化学、界面化学、化粧品学。これまでに生体表面における界面現象のダイナミクス、界面活性剤を用いたエマルション・可溶化物・泡製剤の開発、化粧料・食品の触覚/食感センシングについて研究してきた。著書に『教授にきいた・・・ コスメの科学』、『化粧品 医薬部外品 医薬品のための界面化学』(ともにフレグランスジャーナル社) などがある。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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