再生医療等製品の品質保証についての雑感【第26回】

2021/06/11 再生医療

水谷 学

はじめに
 細胞加工製品は、管理温度が-150℃未満(超低温帯)の凍結状態であれば長期にわたり品質維持が可能で、ロットを構成する大量生産と、それに伴う製品の流通(移管を伴う物流)が期待されます。一方で、細胞加工製品の物流における超低温帯維持条件は非常に厳しく、使用時(移植時)において製品が適切な有効性を保持するためには、保管あるいは輸送において非常にセンシティブなマネジメントが要求され、流通において多くの課題が生じます。そのため、医薬品等の物流(保管・輸送)を前提とした流通管理の考え方である、GDP(Good Distribution Manufacturing)は、再生医療等製品では適用外とされます。本稿ではそのギャップについてお話しします。

● あらためて、コールドチェーンの定義とGDPおよび流通の概念を考える
 コールドチェーンとは、製品に関わる物流において、その過程で途切れることなく低温に保つ物流の方式の1つであると認識します。製品に関わる物流は、原料細胞・組織やその他原料等の物流に関しても含まれますが、ここでは、製造所において製造・品質管理された製品が、出荷されてから患者に移植(提供)されるまでの物流に限定します。物流では、主に、製品の品質を維持するために必要な、「保管」と「輸送」を適切に実施することが要求されます。GDPは、出荷した製品が適切な品質でユーザー(使用者)に届くように、製造者(メーカー)が「流通過程」を適正に管理するために、手順の構築や業務を委託する委託先の管理の考え方や、委託先となる卸や薬局に要求されるマネジメント体制(組織)の基準など、卸や薬局における物流を見越した、品質管理の指針です。
 GDPでは、製品の管理主体が切り替わる、流通過程における製品の品質確保を第一義としています。そして、その中でも特に、温度管理についての要求が重要視されています。これは、従来の医薬品における品質劣化の要因において保管あるいは輸送中の温度逸脱のリスクが高いためであると認識します。近年のバイオ医薬品では、コールドチェーンでの管理要求が増加し、厳しい温度管理が要求されます。温度逸脱が発生した製品は、規程の管理温度からの乖離幅・時間・回数等の情報より、当該医薬品の安定性データに基づき、回収等、その医薬品の取り扱いを決定する管理が求められます。次に、このような管理は、製品の流通過程に関わる多数の人や業者にも同様に適用される必要があります。そこで品質確保の観点より、業務委託先の管理が重要となります。具体的に、委託先の組織やそのマネジメント体制が堅固で、不正をせず、再委託先の管理を含め、継続的に適切な手順を実施できることを評価します。このとき製品は、原則として、製造所から卸業者までの輸送はメーカー側の責任ですが、卸業者から薬局(医療機関)までの輸送は、その間の保管を含めて卸業者の責任となります。卸業者は、予めメーカーとの契約時に定められた手順に従い、製品の適切な保管(品質を変動させないこと)を前提に、物流を進めます。ここまでの考え方ならば、細胞加工製品においても相違は無いと考えます。

 さて、ここで留意すべき点ですが、このようなGDPに関わる保管・輸送では、輸送およびその間に生じる短時間かつ軽微な製品の雰囲気(周囲温度)の変化では顕著な品質変動が生じないことを前提に、保管条件が成立していることが挙げられます。すなわち、製品の品質確保は、製品の使用期限までの「長期的視点における品質維持に関わる保存条件」を満たす保管時あるいは輸送時の管理条件を設定することで成立しますが、このとき、製品の積み替えや機関内での搬送など、保管と輸送をつなぐ様々な作業に依存する品質変動は、恐らく運用が常識的な所作の範囲で履行されていれば、「総合的な品質維持に対して影響が低い一時的な乱れ」として許容されると考えます。例えば、今般話題となる某ワクチン(当初-75℃の保管条件)では、凍結製品のディープフリーザーとドライアイス搬送容器との往復に関わる手順は、長時間の放置など顕著な逸脱等が回避され、比較的速やかな実施さえ行えていれば、製品の総合的な品質保証の観点から、多くは許容となります。(室温に数時間放置は廃棄でしょうが、数十秒、数分単位で規定する事例は少ないと思います。)
 製薬において、このような短時間の所作に対して寛容になれるのは、一般的な医薬品等の品質変動が、主に、化学反応に依存するためと認識します。すなわち、顕著に反応速度が進む温度条件と一定時間以上の経過を組み合わせなければ、製品に生じる一時的な影響(変化量)は顕著ではなく、許容できます。

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執筆者について

水谷 学

経歴

大阪大学 大学院工学研究科 講師。
1997年群馬大学大学院工学研究科博士後期課程を中退。国立循環器病センター研究所生体工学部にて生体適合性材料の研究を行った後、株式会社東海メディカルプロダクツにて循環器用カテーテルの開発および製造に関わる。2004年より株式会社セルシードにて再生医療に係る開発および品質保証を担当し、臨床用細胞加工物の工程設計や細胞培養加工施設の設計と運用を実施。東京女子医科大学での細胞シート製造装置開発を経て、2014年より現職。細胞製造システムの開発に従事。工学研究科の細胞製造コトづくり拠点において、細胞製造コトづくり講座(社会人教育)および標準化・規制対応に関わる共同研究を担当。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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