【第9回】デジタルヘルスで切り拓く未来
「開発のパラダイムシフト」
●要旨
科学技術のみならず研究開発のセオリーや手法も変化しています。道具を使いこなし、まずはコンセプトを世に問うMVP(Minimum Viable Product)の考え方が重要です。MVPは研究開発のロールプレイヤー間ですり合わせをするのに役に立つ手段です。また、リアルワールドデータに紐付けることができる時代にこの視点を活用できます。今や若い世代はこれまでと異なる教育を受けており、正解のない中でも考えていく力を備えています。
●はじめに 研究開発そのものが変化
研究開発のセオリーは、大学で習ってきた方が多いでしょう。それはいつの時代のものでしょうか。技術が新しくなると同時に、研究開発の進め方もまた進化しています。さらに、社会そのものが変化することから、受容についても変化が起こります。昔なら受け入れられなかったことが、エビデンスの積み重ねや価値観の変化を背景に受け入れられるようになったことはたくさんあります。研究開発の道具だけでなく、考え方の変化にも目を配ることは、とても重要です。特にデジタルヘルスは、新しい分野であり、その進め方は過去のものとは異なるだけでなく、人々の受け入れ方にも変化を生じています。そして、急激に変化する社会への対応を迫られています。
<図表> 空中楼閣禁止!
1 MVPがもたらす効果
MVPという言葉をご存知でしょうか。スポーツの世界の言葉ではなく、開発における大切なキーワードです。Minimum Viable Productの略語で、最小限の機能・価値を持った製品のことを指します。これまで、医療機器等の開発から製品実現までは、ウォーターフォールスタイルの開発が主流でした。したがって、変化の速い今日において、社会やニーズの変化に応えていくには時間軸が合わないことも多くあります。もちろん、安全性に関する積み重ねはとても重要で、ウォーターフォールのように一つ一つクリアしながら前進することは大切です。しかし、開発の手応えが得られるようになるのには時間が必要です。近年、医療機器やデジタルヘルスを担うガジェット、ソフトウェアについては、アジャイルスタイルが採用され、スピードアップだけでなく、顧客への対応をしながら進めていくことが増えています。通信機器等のサイクルを見るとわかりやすいでしょう。
そこで、世に何を問うか、がMVPの大切な役割です。「こんなコンセプトのものを製品実現します」と示すのに、昔の手法では、顧客のニーズより開発者の押しつけのような多彩な機能を搭載するハイエンドな製品にしなければ選ばれない、と考えられることが多くありました。時間とコストがかかるだけでなく、市場と向き合えないものになっていたことが少なくありません。MVPは、まず、最小限のもので市場の反応を早く拾い上げ、それをもとに改善改良のサイクルに入っていくのがメリットです。また、いつまでも世に出ないことで医療現場の期待を裏切ることもなく、市場でのプレゼンスを早くから作りはじめられるのもメリットです。
また、開発の初期に研究開発から事業化のロールプレイヤーに示すMVPも重要です。関係者の間で思いがずれることが少なくないのは、空中楼閣をそれぞれが作ってしまい、コンセンサスが取りにくくなることにあります。ときには開発が頓挫することさえあります。今や、いろんな道具があって、実使用に進む前にモックだって簡単に作ることができます。3Dプリンタやローコードノーコード開発、ホログラムによるシミュレータなど、たくさんありますね。
2 リアルワールドとリバランスの時代
MVPのようなものは他にもあります。市場への反応を見ることの一つですが、早期に患者さんに届け、リアルワールドで評価を得て、改善改良に進むことです。デジタルの発達により、製品と患者さんを紐づけることが容易になりました。臨床評価の実施に関するリバランスの考え方では、一定の安全性の確認と効果の推測ができれば、患者さんに届けて、アクセスをよくする大切な手法です。一方で、必要かどうかわからない機能をたくさん搭載し、フル機能搭載の製品ができるまで患者さんを待たせるとしたら、患者さんも社会もがっかりしませんか。
そこで大切なのは、そもそもバリューとは何かの視点です。価値を決めるのは誰でしょうか。開発者側が決めてしまうものではありません。こだわりをわかってくれ、ではダメなのです。もちろん、潜在的なバリューがあり、今はニーズとして表されていないものもあります。それでも、どうだったら嬉しいか、の視点からデザインし、開発を進めていく時、何があれば良いのかをできるだけシンプルにするのはとても大切です。その上で、バリューをリアルワールドで確信することが大切です。デジタル製品は、変わりゆく社会にフィットする一方で、早く確認をするところが大切です。
ただし気をつけておきたいのは、未完了問題です。行政当局などから指摘を受けて修正をするのは良いのですが、中途半端なまま、製品実現に至らない開発は、医療現場の気持ちを裏切ることになります。開発においては、ライフサイクルをしっかり考えなければなりません。これはフルサービスを用意しなさいという意味ではなく、必要なところから進めることも可能なのです。
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