化粧品研究者が語る界面活性剤と乳化のはなし【第10回】

2023/01/06 化粧品

化粧品その他

クリーミング 油が浮いて水が沈む・・・自然の摂理がトラブルに!

クリーミング 油が浮いて水が沈む・・・ 自然の摂理がトラブルに!

 化粧品の商品開発の現場では一体、どんなことが研究されているのでしょうか? これまでになかったくらい強力な保湿やアンチエイジング効果のある植物エキスをスクリーニングする、みんながあっと驚くような鮮やかな色彩や香りをデザインする、ビックデータを駆使してマーケットを解析する・・・。もちろんこういう研究もあるわけですが、一つ、ぜったいに忘れてはならないのが、商品の長期保存安定性を確保するために、『処方』、いわば化粧品のレシピを改良する、というお仕事なのです。

 せっかく買ったクリームから油が浮いてきり、水が染み出してきたりしたら、クレームを入れたり、SNSで愚痴りたくもなるのが人情というもの・・・。実は、これらのトラブルはエマルションの中でしばしば起こる「クリーミング」と呼ばれる物理現象で、水の中に分散した軽い油滴が浮上したり、重い水滴が沈んだりしているだけのことで、地球の重力の影響を受ける限りは避けて通ることの出来ないものなのです。いわば自然の摂理ともいうべきもので、成分が変性したり腐ったりして皮膚の刺激になるわけでもないのですが、やはり気分の良いものではありません。また、このような水や油が分離した状態では、クリームを皮膚に塗るのは難しく、むらにもなりやすいのでした。

 クリーミング現象はストークスの式と呼ばれる法則によって説明されます[1]。水相中を一つの油滴が沈んだり、浮き上がったりする時の速度vは、油滴の粒径R、水相と油相の間の比重差Δr、水相の粘度hによって決まるのでした。

ν=gR2Δρ/18η                                 (1)

ここで、gは重力加速度なので定数です。この式は油滴と比重差が大きく、粘度が小さい時、クリーミングの速度が速くなることを示しており、われわれの感覚とよく一致しています。

 しかし、現実に起こる現象はそんなにシンプルではありません。例えば、ビールの中の泡の運動を高速カメラで観察した研究によると、実際にグラスの中の泡が浮上する速度はストークスの式によって予測される値よりもかなり小さいことが報告されており、これは液体の流れや泡粒同士の衝突のためではないかと考えられています[2]。

 ましておや、浮上の速度が遅く、たくさんの油滴がひしめき合っているエマルション型の化粧料の場合は、理屈通りの現象が起こることはかなりまれと言えます。例えば、ドデシル硫酸ナトリウムで安定化したヘキサデカンのO/W型エマルションの場合は、クリーミングの速度は油滴の濃度の増加とともに遅くなりました[3]。特に、油相の濃度が40%を超えると、油滴がぎっしりと密に充填されるため、エマルションは硬く、弾性的になり、クリーミングは起こりませんでした。

 開発した化粧品がクリーミングを起こすかどうか? 商品開発の現場では、これを見極める必要があります。しかし、これがなかなか難しい・・・。そんな中で、商品開発の担当者たちは懸命にデータを集め、そこから未来に何が起こるかを予測しようとチャレンジを続けているのです。かくいう私もスキンケア・メイクアップ化粧料や身体洗浄料を毎日毎日作っては、高温環境や温度がプログラムに従って変動するサイクル試験を仕込んで、毎日のように外観をチェックし、粘度を測り、色味の評価を続けていたものでした。それでもクリーミングの兆候を前もって捕まえることはなかなか難しく、外観観察の際にはスクリュー間の中のクリームの後ろからライトを照らして、ほんの少しの濁り具合の違いをキャッチしようという、努力をしていたのでした。

 そんな涙ぐましい状況は世界中みんな一緒だったようで、クリーミングのプロセスを定量的に評価し、さらにはエマルションの未来、すなわち長期の保存安定性を予測するためのシステムが報告されています。まず、タービスキャンという装置が開発されました[4]。この装置では、エマルションをガラスのボトルにサンプリングし、外から光を当ててその透過光と後方散乱光を評価することでエマルション中の油滴の状態の変化を評価することができます。特に、高さ方向に高精度にステージを移動させながらスキャンすることで、油滴の濃度分布を推測し、一見均一なエマルションの中で油滴の分布にむらが発生していないか、定量的に評価することで、将来クリーミングが起こるか否かを予測することが可能になるのです。
 

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執筆者について

野々村 美宗

経歴

山形大学 学術研究院化学・バイオ工学分野 教授 博士(工学)
花王株式会社において化粧料および身体洗浄料の商品開発に従事した後、山形大学に赴任。2017年より現職。専門は物理化学、界面化学、化粧品学。これまでに生体表面における界面現象のダイナミクス、界面活性剤を用いたエマルション・可溶化物・泡製剤の開発、化粧料・食品の触覚/食感センシングについて研究してきた。著書に『教授にきいた・・・ コスメの科学』、『化粧品 医薬部外品 医薬品のための界面化学』(ともにフレグランスジャーナル社) などがある。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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