続・医薬生産経営論 (現場のLow-Cost Operation)【第1回】

2014/05/12 製剤

古い時代のことを話せば、若い人たち、特に若い女性たちに嫌われる。そんな墓穴は掘りたくはないが、かつての日本の製造業は製造現場をとても大切にしていた。
私が新入社員の頃、工場内を歩いていて、製品を運ぶトレーラー車の直前を横切り、運転手さんから痛く叱られたことがある。工場内は、人より車が優先であると、物の流れが優先であると。講演会や研修、社員食堂や厚生施設利用の割り当てなど、つねに現場の都合が最優先であった。そして、古い時代の管理者は頻繁に現場に出ていた。そのポケットには必ずリトマス試験紙が入っていた。床面に液溜まりを見つければ、ポケットのリトマス試験紙の出番となる。
いつもと違う「音」「臭い」「動き(状態)」を、五感をフルに働かせて見つけるのが、管理者が立派な管理者として従業員から尊敬される所以であった。
古き時代は、このように、現場における時間、物の流れや機械の動き、物理的スペースというものが貴重であり大切にされていた。
 
しかし、現在、自ら定常的に現場に出向き巡視する管理者は少ない。
確かに、現在の管理者は忙しい。1日の製造記録書をチェックするだけでも膨大な時間がかかる。毎日の昼食が満足に取れない管理者も少なからず存在する。少しばかりのチョコレートを昼食の代わりにする管理者を気の毒に思う。だが、現場は「改善の宝の山」であり、その具体的な課題と解決策を教えてくれるのも現場なのである。
日本人しか読まないのに、英文で月次報告書を書かせるぐらいなら、そんな時間は削って、管理者には現場に出てもらった方が良いと考える経営幹部も殆どいなくなった。現場の苦労や葛藤は理解しなくとも良い、ただし、大過なく。そうした怠惰で傲慢な風潮が蔓延してきている。これで熾烈なグローバル競争に勝てると思っているのだろうか。
人事や組織面でグローバル化が進めば進むほど、コスト競争力や新製品開発力が低下していくのは何故だろうか。むしろ、グローバル競争に勝ち残るには、少なくとも、管理者以上の職責にある者は、最低でも1日に1時間は、自らの担当する現場を歩くことをルーチンにすべきである。現場に出る勇気のない管理者に、現場作業員たちとコミュニケーションの取れない管理者に、大事な製造現場を委ねる訳にはいかない。
現場作業員から、「管理者は我々、下々の人間には口を利かない」とか「管理者の顔を現場で見たことがない」と平然と言われるようになったら、その現場は既に、安全・コンプライアンス・品質といった面で、重篤な病気に罹っていると言って間違いではない。事故や製品回収が何時起きても不思議ではない。
 
私は、資材購買部門を担当したことがあり、その頃は、新規取引先候補企業については必ず訪問し、その製造現場を見ていた。製造現場を見ない限り、新規取引開始の決裁をしなかった。
従って、国内ではほぼ全ての都道府県の、海外では約10ヶ国の、多くの製造企業における中核的な製造現場を見てきた。その製造現場は数え切れない。
原薬、製剤、包装などの医薬品製造現場は勿論のこと、容器・ゴム栓・バイアル・シリンジ・印刷物などの材料メーカーや、天然物由来・化学合成系などの原料メーカー、機械製作企業、エネルギー関連企業などである。

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執筆者について

隠居 孝志

経歴 1972年武田薬品工業(株)入社。生産計画、設備計画、要員計画などの業務に従事。資材部長、生産管理部長、湘南工場長、監査役室長、コーポレートオフィサー・製薬本部長を歴任。
この間、武田アイルランド製薬建設や、グローバル生産体制の構築、BCP推進、環境経営の推進などに携わる。また、業務執行会議メンバーとして、会社全般の事業戦略・製品戦略・経営計画策定、及びミレニアム社、ナイコメッド社の買収などに参画。2012年11月退社。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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