最新コスメ科学 解体新書【第13回】

2025/01/10 化粧品

コスメと手触り「しっとり」について。

コスメと手触り③ しっとりって何???

 「先生、『しっとり』ってなんですか?」
 大学に移って間もない頃、ある化粧品系巨大企業で、タイ出身の研究者の方から質問されました。
 「英語で一番近いのは『moist』かな。」
でも、彼はあまり納得いっていないようです。『moist』なら水を含んでいるはず。化粧品のパウダーはばりばり撥水処理がかかっていて水は一滴たりとも寄せ付けないはずなのに、日本のひとたちはみんな『しっとり』って言っている。
 「そうだなあ、実際のところは『moist+something』かな・・・」
 すぐには答えが思いつかなくて、絞り出した答えに、そんなことはわかっている、そのsomethingが何か知りたいんです、と彼は冷たいコメント。せっかく呼んでいただいたのに、講師の面目、丸つぶれです・・・。

 でも、この「しっとり問題」、なかなか大事な課題で、この直後にお会いした別の世界的巨大企業でもフランスの研究所で「しっとり」が説明できなくて困っている、なんて話をうかがっただけでなく、日本語を母語としている研究者の間でもしばしば話題になるトピックだったのでした。

 そこで、この問題にがっつりと取り組むことにしました。実は、私には、ちょっとした勝算があったのです。しっとり・さらさら・ぬるぬる・べたべたなど、ヒトが感じる多様で繊細な質感がどのようにして喚起されるのか、これらの感覚の違いはどこにあるのか、これまでよくわかっていませんでした。しっとり・ぬるぬる・べたべたということばは、全て液体を想起させる似たような感覚ですが、その中でしっとりはどちらかといえばポジティブ、他のふたつは不快感につながるネガティブな意味で使われます。しかし、これらの感覚のどこが同じでどこが違うのか、だれにも説明できませんでした。

 なんでこんなありふれた、われわれが毎日のように感じている手触りが説明できないのだろう?考え続けた結果、一つのヒントが頭に浮かびました。キーワードはバイオミメティック、生体模倣という考え方です。

 これまでにも幾つもの触覚センシングシステムが開発され、研究所などで利用されていましたが、化粧品業界で何十年も前から使われてきたのは摩擦評価型とよばれるものでした。この装置はいわゆる摩擦評価装置で、ウレタンのゴムや柔らかい布の表面に置かれた化粧品のクリームやパウダーを擦った時に、プローブに加わる力を測定し、この力が大きいとざらざら・ごわごわ感が、小さいとなめらか感が強い、と解釈することができるのでした。わたし自身も会社で化粧品の商品開発をしていたころからこのシステムを利用していたのです。

 しかし!このシステムはヒトがモノに触れている時の状況をきちんと再現できていないのではないか、そのことがしっとり・さらさら・ぬるぬる・べたべたの違いを物理的に説明できない原因なのではないか、ということに思い至ったのです。

 

 

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執筆者について

野々村 美宗

経歴

山形大学 学術研究院化学・バイオ工学分野 教授 博士(工学)
花王株式会社において化粧料および身体洗浄料の商品開発に従事した後、山形大学に赴任。2017年より現職。専門は物理化学、界面化学、化粧品学。これまでに生体表面における界面現象のダイナミクス、界面活性剤を用いたエマルション・可溶化物・泡製剤の開発、化粧料・食品の触覚/食感センシングについて研究してきた。著書に『教授にきいた・・・ コスメの科学』、『化粧品 医薬部外品 医薬品のための界面化学』(ともにフレグランスジャーナル社) などがある。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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