業界雑感 2016年11月

 米国大統領選挙で大方の予想に反して、トランプ氏が勝利した。英国のEU離脱国民投票といい、想定外の結果に世界が振り回されている。勝利確定後トランプ氏の選挙期間中の過激発言はなりを潜め、一旦は沈静化しているようだが、TPPに関しては離脱の方針は変えていない。

 TPPの交渉の中で製薬産業に関する交渉は、最も議論が分かれた論点のひとつだったという。米国は新薬の知的財産権に関し、特にこれからの主力製品となる生物製剤に対し、より長い独占期間が得られるよう12年間の独占期間を主張し、他国が主張する5年間との大きなギャップを、交渉の最後の瞬間で新薬のデータは5年以上、生物製剤については8年以上のデータ保護期間として、それぞれの立場の真ん中を取った形での妥結となったという。 アメリカの製薬業界は、この結果に対して望んでいたほどの成果ではなかったと反発しているという。医薬品の開発には長い年月と多額のコストがかかり、その開発コストを回収するだけの保証期間が認められなければ、命を救う医薬品の開発機会が保証されなくなるというのは、薬業界の従来からの主張でもある。このTPPの枠組みが日本の製薬業界にプラスとなるのかマイナスとなるのかは議論のあるところだが、TPPそのものが漂流し始めている今となってはその行方を見守るしかない。

 日本ではオプジーボの薬価が緊急的に50%引き下げられることが11月16日の中央社会保険医療協議会の総会で了承された。14年9月に悪性黒色腫の薬として発売され、年470人程度の患者で採算がとれるように価格が高めに設定された。だが、15年12月に肺がんに適用拡大が認められ対象患者が一気に約1万5千人に膨れ上がった。現行薬価制度の中では薬価の改定は2年に一度であり、14年の薬価改定では、特例拡大再算定の適用でギリアド・サイエンシズの経口C型肝炎用薬であるソバルディとハーボニーはともに31.7%引き下げられている。ルール通りならオプジーボは18年薬価改定で50%(最大引き下げ幅)の引き下げとなるはずだったのを一年前倒しされることになり、少なく見積もっても単純に700~1,000億円近い年間利益が吹っ飛ぶ勘定になる。

 日本では100mg当たり約73万円であるのに対し、米国では同約30万円、英国では約14万円と、もともとつけられた薬価が高すぎたといえばそれまでであるが、これも薬価の算定基準である「原価計算方式」によって算定されたもので、この原価計算方式(24.4.11中医協総-3-1)に従ってオプジーボの薬価の内訳を計算してみると、製造原価167,528円、一般管理販売費(研究費含む)292,250円、営業利益170,055円、流通経費45,953円、消費税54,063円となる。 長年医薬品の製造原価に携わってきた経験では、オプジーボと同じバイアル一瓶の製造原価は主原料を除けば高くても数百円といったところ、167,528円の製造原価のほとんどは主原料であるニボルマブ(一般名)としての原末代という計算になる。いったいどう計算したらそんな結果になるのか、見直すべきは原価計算方式での基礎となる製造原価の算定基準なのではないだろうか。仮に製剤1ロット10,000本としてもロットあたりの原料代が16億円あまりということなので、製造の仕込み作業はさぞ緊張することであろう。(内心はそんなに製造原価が高いはずはなく、英国の薬価14万円でも十分ビジネスとして成立する製造原価であるはずと思っているのだが) 

 今回の緊急的薬価改定は例外的とはいえ明らかに試合途中の予告のないルール変更であり、世の中では反則という。このルール変更がきっかけで政府は今後毎年の薬価改定に向けての制度変更の検討に入っている。急速な高齢化に向けて医療費の増加抑制が最大のテーマなのだから、どんな不条理な新しいルールができるのか、TPPどころではなく業界として心配の種はつきない。

 患者数の少ない適応症で73万円という薬価を勝ち取り、その後の適用追加で短期的ではあっても大きな利益を得ることができたのは、作戦勝ちとの評も世間にはあるようだが、製薬業界に長く身を置いてきた者として、より良い薬をより早く世の中に送り出し、病気で苦しんでいる人たちの役に立ちたい、との想いで日々頑張ってきた結果がたまたまこういうことになってしまったのだと確信している。

※この記事は「村田兼一コンサルティング株式会社HP」の記事を転載したものです。

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