医薬品製造事業関連の知財戦略【第9回】

2013/04/08 その他

稲場 均

21.ライフサイクルマネジメント
 新製品が開発され、市場に投入されてから、その製品が市場性を失い、製造中止に至るまでをライフサイクルと呼び、製品から生み出される総売上を最大化するように戦略を立てて方策を巡らすことをライフサイクルマネジメント(LCM)と呼びます。長い開発期間を要しながら製品寿命が短い(第5回を参照)医薬品のLCMにおいては、特許をどのように製品のLCMに活用するかあるいは活用できるようにするかは極めて重要な課題であり、知財戦略が医薬品LCMの大きな柱となっています。
 
 開発期間が短い産業分野では、開発競争の速さが製品の発売開始の早さに直接つながり、また、開発過程で取得した特許が製品の上市後においても十分に長い存続期間を残していますので、製品のLCMにおける知財戦略の主題は、製品に使われている技術をいかに的確に権利化し、かつ、類似技術をどこまでカバーする権利にできるかに関わってきます。あるいは、開発期間が短いということは、短期間の間に新しい技術に置き換わっていくことになりますから、知財戦略の意義としては、LCMというよりライフサイクルアセスメント(LCA)にあるともいえます。LCAは、現行の製品や製品関連技術を評価する(強みや弱みを解析する)ことによって次期製品の開発に役立てることを指します。知財戦略についても、製品や事業領域の持続というよりも次製品や新領域の開拓にウエートが大きいといえます。
 
 一方、開発に長い期間を要する産業分野では、現行製品の評価の内容が次の製品に直ちに反映できるわけではありません。開発期間が極めて長い医薬品の場合は一層顕著で、一旦上市した製品の動向を見て、現行製品のもつ課題を解決した同種製品を直ちに開発して置き換えるなどということはほとんど望めません。従って、製薬産業では、販売段階における競合品対策が事業化の全課程を通して非常に重要な位置づけにあり、知的財産権がLCMに果たすべき役割のウエートも大きなものとなります。また、前回お話ししましたように、通常、開発段階における競合品に対しては開発過程で対策が講じられるか、あるいは、開発を断念することになることから、LCMのためにとられる知財戦略は、販売段階でのみ競合するGE薬が主な対象となります。
 
 近年、薬価制度改革が検討されており、2010年4月から新薬創出・適応外薬解消等促進加算の試行が始まっています。この仕組みは、実勢価格に合わせた薬価の引き下げを毎年行うことを原則としながら、薬価と実勢価格との乖離率が全体の乖離率の範囲にとどまる医薬品であってGE薬の参入が見られない医薬品については、薬価収載後15年を限度として一定の算定額を薬価に加算をするものです(図13を参照)。従って、例えば特許の存在によってGE薬が参入できなければ、薬価の引き下げ額は軽微にとどまり、薬価が維持されることになります。薬価を維持できることによって投資の回収を容易にして再投資のインセンティブとし、アンメット・メディカル・ニーズの高い革新的新薬の創出やドラッグ・ラグの解消を促進することが狙いとなっています。
 
 元々GE薬の薬価は、先発薬に比べて低く設定されていますから、市場へのGE薬の参入は先発薬にとって強力な競合品となり、先発薬の実勢価格が低下する大きな要因になりますが、それに加えて、GE薬参入の有無が薬価引き下げに大きく影響しますから、特許の存否を担う知財戦略が医薬品のLCMにとって非常に重要な意味を持っていることになります。その一方で、開発初期に取得した特許の存続期間は相当程度浸食されており、また、長い開発過程の間には技術、方針などの変更や変遷によって初期の特許の技術的範囲と製品に利用されている技術との間にズレが生じていることが通例であり、LCMに有効な特許をどのように確保するかが知財戦略の主要な課題となります。
 
 この課題を解決するために、開発期間の短縮、特許期間の長期化、製品に直接関わる技術の特許取得などが行われます。開発期間の短縮は、製品開発の一般的な意味で必要であり、ことさらLCMを目的とするものではありませんが、開発段階における開発品に関連する技術領域の動向や強い特許を取得するための的確な特許情報の提供や支援は、新技術に対して概念的に広く特許が認められるパイオニア発明(第8回を参照)や強い特許を取得する上でも必要であり、その結果として、特許の残存期間の長期化、あるいは、開発初期に取得した特許の活用性においても、LCMとしての知財戦略に果たす意義が大きくなります。
 
 特許期間は原則20年と定められていますので、その長期化は、特許出願を継続的に行うこと、および、特許期間延長制度を活用することによります。開発中後期の製剤技術、工業化技術、改良技術、あるいは、臨床試験に基づく様々な応用技術などについて取得した特許は、残存期間が十分長いことが期待でき、また、出願時期が上市時期に接近しているので、その内容は製品に直結しているものが少なくなく、LCMのためのアイテムとして知財戦略上貴重です。LCMをより効果的に実現するためには、事業部門あるいは研究開発部門との連携による上市後の事業展開の見通しに沿って、あるいは、次期製品をにらんだ事業領域の確保をも含めて知財戦略を構築していくことになります。なお、技術改良において、前回お話しした結晶型、崩壊制御製剤、薬剤の併用による効能追加などの製品改良に伴って特許を取得し、製品関連特許を常に新鮮な状態で維持することをエバーグリーニングとも呼びます。
 
 以上述べてきましたLCMのための知財戦略のまとめとして、循環器用薬の事例についてとられた戦略とその際の売上高の推移を示します(図14を参照)。

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執筆者について

稲場 均

経歴 千葉大学 医学部付属病院 臨床研究基盤整備推進委員会シーズ評価専門部会委員
持田製薬(株)にて中央研究所副部長、知的財産部長を歴任。千葉大学での特任教授を務め、2009年4月より現職。この間、2010年より日本製薬工業協会知的財産部長。2012年から2015年まで東京医科歯科大学客員教授を兼任。また日本知的財産協会の特許委員長、バイオテクノロジー委員長、常務理事、副理事長を務める。その他、特許庁:微生物寄託検討委員会委員、環境省:生物多様性条約名古屋議定書検討委員会委員、知的財産研究所:用途発明に関する調査研究委員会委員を歴任した。
現在の研究内容は『製薬企業の知財活用、医療分野の実用化促進に資する知財戦略の推進』である。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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