私が経験したあれやこれやの医薬品業界【第8回】
医薬品の価格
日本にいるとあまり感じませんが、医薬品の価格が高すぎるという理由で低所得国あるいは貧困層の人々に必要な新薬が届かないことが長年、医薬品産業に対する批判となっています。医薬品特許による独占権が一つの阻害要因という議論もずっと出ています。
製薬企業は儲けすぎ、人の生命より金が大事なのか?というような感情的な議論は横に置いておくとして、資本主義経済の中で製薬事業は人の生命、健康を担う産業として、他の多くの産業とは異なる価格戦略と経営判断が求められることは認識しなければいけないと思います。
有用な医薬品を可能な限り多くの患者に届けたいというのは製薬企業として当然な考えです。一方、経済活動でもあるので、赤字が出る国/地域への供給は優先度が下がり、低価格でしか販売できない市場へは参入しないという企業判断もあり、それが批判の対象にもなります。この二立背反を補う手段として、新薬メーカーは途上国では、現地ジェネリックメーカーに特許権実施許諾(ライセンス契約)をして少ないライセンスフィーで供給するという手段や、何段階かの販売価格を設定して低価格でも供給する、いわゆるTeared Pricingという手段、また、場合によって一部では無償提供などの対応もしています。
新薬は医薬品特許およびデータ保護制度などの知的財産制度によって、市場独占権を与えられますが、ジェネリックが参入できないことにより、価格面、供給面で患者が不利益を被るというケースが出てくることも事実ではあります。この医薬品知財制度はTPPなどの経済協定の中でも交渉の一つになる程、発展途上国/低所得国では難しい課題ではあります。
また、特許法が制定されている国でも、ある条件が満たされると特許を持つ医薬品でもジェネリックメーカーが製造販売できる、強制実施権という制度が特許法に定められています。ジェネリック企業が強い国では、新薬メーカーから見れば理不尽な強制実施権が発動されることもあり、複雑な裁判沙汰にも発展します。新薬メーカーとジェネリックメーカー間の特許訴訟も数多く繰り広げられています。
知的財産制度がなければ、民間企業としては、研究開発投資ができないということは理解されてはいるのですが、人の生命の問題なので、開発した企業が市場を独占して必要とする患者に届かなくていいのか、議論は絶えません。利益を求めない公的機関が研究開発すればよいという議論もありますが、民間企業のような競争原理が働かないという側面や人材確保の問題があり、成果に対して疑問があります。医薬品知財制度は今後も議論が続くでしょう。
開発途上国、低所得国の健康問題は薬剤の供給だけで解決されるわけではなく、病院などの施設、医師はじめ医療関係者の育成、健康保険などの制度の構築、これらがあって医薬品の有効性が十分発揮されます。その点は製薬団体からもいろいろな機会を通じて発信していますが、低所得国の人々が健康になり、経済活動が発展すれば、未来永劫、低所得国ではありません。医薬品産業も将来を見据えて、各製薬企業が今できる範囲で、低所得国の人々の健康に資するという姿勢が求められます。
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