今さら聞けない!微生物・滅菌入門【第5回(最終回)】
8.滅菌の必要性
注射薬や使い捨て医療機器などは滅菌を行う必要があります。 滅菌とは対象品を無菌にすることです。 その概念は、医薬品でも医療機器でも同じなのですが、製品特性上、無菌にするためのアプローチは異なります。本稿では医療機器の滅菌にフォーカスして解説します。
先に述べましたように「滅菌」は非常に厳格なものです。 ある医療機器を滅菌するには、当然ですが滅菌装置が必要です。 サイズや仕様にもよりますが、装置本体だけでも数千万円の投資になります。 さらに装置を設置しただけでは滅菌はできません。 電気、水、蒸気、ガスなどの必要なユーティリティーを確保し、機械が正しく動作することを検証し、確実に滅菌できるプロセスを確立しなければなりません。 製品の側も確実に滅菌が可能でしかも無菌性を保つことができ、経時的な劣化にも耐えられる包材を採用しなければなりません。 製造工程に滅菌が入ると、そのための作業者、検査員、保守要員などが必要になります。 エチレンオキサイドガス滅菌では、滅菌後ただちに製品を出荷することはできません。残留ガスが基準値以下に減衰するまで、自社倉庫などに保管しなければなりません。 もちろん滅菌工程を外注するという選択肢もありますが、いずれにしましても、滅菌は製品の製造コストを大幅に上昇させるものです。 しかも万一滅菌工程や包材の完全性に不具合があった場合は、製品の回収を行わなくてはなりません。
なぜこれほどお金と手間をかけて滅菌しなければならないのでしょうか? いうまでもなくその製品を使う患者の安全性を確保するためです。 ちょっと想像してみてください。 わずか150年ほど前までは、滅菌や消毒といった現代医学を支えているもっとも基礎的な概念はなく、医師は素手で不潔な道具を使って手術や治療を行っていました。(しかも麻酔もなく!) その結果は言うまでもありません。 治療を受けた多くの患者が、処置に伴う敗血症で死亡しました。 手術は苦しく危険なもの、治癒の過程で傷は必ず化膿する、ということは当時の医学の常識でした。
19世紀半ばになって、ようやく消毒や滅菌といった衛生管理の概念が認知され、それにより手術は格段に安全なものになりました。 現在では、使用した医療機器に由来する汚染菌で敗血症に陥る患者は、事実上いません。
【注意】
医療行為に伴う感染は今でもしばしば起こります。 これは患者自身が微生物をもっていること、医療行為に医師や看護師など人が介在すること、治療の場に微生物が存在することに起因します。
私たちの体には膨大な数の微生物が存在しています。 適切なコントロールがなされていなければ、環境中にも多くの微生物が存在します。 微生物は目に見えませんので、どんなに注意を払っても、人が介在する限り、微生物による汚染や感染は起こります。
「医療機器の滅菌」は、当該機器を使用するときに起こり得る汚染(微生物感染)のリスクを最小限にするために必要不可欠な工程です。 医療機器の種類によっては、その承認基準で「滅菌」が規定されています。 その場合、滅菌は法的要件であって、基準に合致した滅菌管理は必須です。 さらにメーカー側にとっては、万一術後感染などのトラブルが生じた場合、その原因は使用した医療機器ではない、という証明のためにも必要なものです。
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