【第8回】オランダ通訳だより

ニューアムステルダム

みなさん、お久しぶりです。前回の投稿から少し間があいてしまいました。

夏休みは家の水回りの改修、そのあとは出張シリーズでした。欧州圏内に加えて北米、日本と長距離移動が続き、気温差と時差がちょっと体にこたえました。そして、9月後半の日本はまだまだ暑かった。手持ちの仕事着では日本の夏に対応できないので、東京に着いてすぐ服を買いに走りましたが、店頭にダウンベストが並んでいて愕然としました。

北米の監査先はニューアーク空港が最寄りで、帰りの便が離陸して旋回したあと、自由の女神とマンハッタン南端の高層ビル群が一望できました。皆さんご存じ、ウォール街に代表される金融の中心地です。このエリアは、17世紀のオランダ統治下で、「ニューアムステルダム」と呼ばれる村落でした。

ニューヨークは20年以上訪ねていませんが、今日は、この街のオランダの名残をたどってみたいと思います。

現在のニューヨーク州と周辺地域が、オランダの植民地ニュー・ネーデルラント(Nieuw Nederland)だったのは、1624年から40年ほどの短い期間です。さすがに当時の建築物は見る影もありませんが、初めての入植者が遺した足跡は深く刻まれており、当時からほとんど変わらずに引き継がれたものがあります。なんだと思いますか?

それは、ウォール街を中心とする金融街(Financial District)の道路区画です。19世紀に碁盤の目の区画が導入される以前の町並みで、自然の地形に沿って整備されており、曲がり道や不規則な区割りが目立ちます。

 

 

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