【第7回】オランダ通訳だより
開業医も足りない
連載をはじめて1年が経ちました。こうして続いているのは、読んでくださる皆さんのおかげです。ありがとうございます。
さて今回は、前回の医薬品不足につづき、開業医不足に関する話題です。
オランダは国民皆保険の国ですが、日本のような自由診療は認められていません。赤ん坊からお年寄りまで、家庭医(かかりつけ医)を持つことが義務づけられています。一般的に、最寄りの開業医で患者登録を申し込みます。
自由診療の国で生まれ育った私にとって、オランダの家庭医は、よくも悪くも医療サービスの門番です。通常、患者がしっかり要求すれば、処方箋や紹介状を書いてもらえますが、必要以上に薬の処方をしぶる先生や、とりあえず様子見ですませようとする先生も、一定数存在します。その様子見で貴重な時間を失い、手遅れになってしまった知り合いも数名います。
「決まった家庭医をもつ患者のほうが、健康で寿命が長く、より適切な医療サービスを受けられる」と科学的に証明されているそうですが、家庭医が、適切な医療サービスにアクセスする妨げにもなるのです。そういうコラテラルダメージを織り込んだ、合理主義的な制度と言えそうです。
ところが5年ほど前から、開業医で患者登録できない人たちが増えています。全国各地で、新規受付を見合わせる診療所が出てきたのです。当時すでに、「今後5年間で開業医の約20%が引退する」と言われていたのですが、有効な対策は取られなかったのでしょう。2023年の初めには、患者の新規受付を中止する診療所が全体の1/2にまで膨れ上がり、その割合はさらに増加しています。家庭医の数はむしろ増えているのに、なぜこのような事態に陥ったのでしょうか。
理由は、医師の開業離れと、各診療所の医師不足です。
<オーバーロード>
2012年には68%ほどの医師が診療所を経営していましたが、2022年には47%に減っています。20年前の開業医は、助手を一人雇うだけで、業務時間の大半を診療に充てることができましたが、今ではその頃に想像もつかないほど、開業医の業務範囲が広がっています。
従来、総合病院が担っていた糖尿病、COPD、心臓血管疾患の治療が開業医に移管されたほか、精神保健医療や未成年福祉の予算削減、老人ホームの閉鎖を受けて、その業務の一部も開業医に割り当てられました。こうして過去数年間で、診療業務が大幅に増大したのです。
それに加えて、管理業務スタッフや助手を複数雇う経営者としての役割もあり、ケアの難しい症例については、保険会社との交渉、地域看護サービス・病院・精神保健医療機関との協議もあります。
過度の労働負荷を強いられるうえに、専門外の業務を背負い込むと、無力感に襲われます。しかも、患者と接する本来の仕事ができるのは、労働時間の50%程度です。大きく削られた診療時間で多くの患者に対応するには、業務を分担できる非常勤医師が必要です。でも、どこの診療所も似たような状況ですから、非常勤医師は引く手あまたでなかなか確保できません。
こういった要素が重なると、開業医を続けることができなくなります。
若い世代の新規参入が望まれるところですが、これだけの負担を考えると、医学部を卒業したばかりで事業経営も知らず、いきなり診療所を経営するのは無理な相談でしょう。現に、若い医師の多くは、非常勤医師としてキャリアをスタートします。
某アンケートによると、若い医師の85%は開業を希望しています。でも現場を経験してみて、考えを変える人もいます。夫の親戚は医学部卒業後、診療所で働きはじめましたが、1年ほどで辞めてしまいました。「患者さんに費やせる時間が少なすぎて、まともに医師の仕事ができない」からだそうです。
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